六甲山国際写真祭2017を振り返って

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六甲山国際写真祭2017を振り返って

When I drove back to the city on 27th, there was a sunlight coming through the trees on my car front glass, and I felt the light a little weakened. On 24th, I was worrying about the hot weather climbing the mountain. Today, it was not too hot and I realize that summer is going and we are having the season changing.

We have been holding this festival for 5 editions. I know Mt.ROKKO is something strange beyond many of the festival around Japan and in the world. I am not sure why I started this festival in Kobe. I was just a newcomer for the photography but felt a lots about Japanese photographers who are seeking for the way to go. So I just wanted to try seek the way together so that they can get out from something Japanese. Imagine when you sharpen a knife with stones, we need to know about how to sharp it. We need proper stone, we need water and the right angle to grind. Yes Japanese photography has enough potential. They only do not have knowledge how to polish their works.  So I just wanted to let them know about sharpening their knives.

We are still small. We are like nothing in the huge photographic community. I really feel some stress upon handling festival in good shape. Money, Human Resources and facilities, and also the huge gap between photographers and guests, language and cultural difference are the most. So this year I tested group review. I will need more feedback to take care for the next festival but it will be not a problem. Only thing I have to do is to proceed. Keeping this festival small, and keeping people’s mind focus on creativity.

When I drove back to the city on 27th, there was a sunlight coming through the trees on my car front glass, and I felt the light a little weakened. On 24th, I was worrying about the hot weather climbing the mountain. Today, it was not too hot and I realize that summer is going and we are having the season changing.

I would like to say thank you for all who joined the festival, supporting us, presenting lovely stories and being one of our small but strong community members.

Thank you so much!

Takeki Sugiyama

27日朝、山を降りるとき、キラキラと木漏れ日の、九十九折の山道をドライブする車の窓ガラスに差し込む光がなんとなく弱まって感じられました。登りの24日は激しい暑さで写真祭参加者の体調が心配なほどでしたが、わずか3日で少し調子が変わったように感じられました。今日、ギャラリーで片付けをしていても、うだるような暑さは感じませんでした。そして、夏が終わりを迎えて季節が変わっているのだと感じました。

写真祭開催は今年で5回目でした。六甲はクセのある写真祭だと自分でも思います。なぜ写真祭を始めたのか、という問いの答えがそもそもストレートに答えられない。日本の写真家や写真システムのことをいろいろ言ってきましたが、別にそれらがいいだの悪いだの思いませんし、単純には比較できません。ただ海外の写真祭を経験してみて、その中で活動する写真家たちが羨ましいと感じられたからだとも思いますし、そのレベルの高さに素直に感激していたりするからだとも言えます。かといって、自分の周辺にいる日本の写真家がいい作品を作っていないとは思いません。多くの人は、砥石に水をおいて丁寧に研げばいい作品になることはいろいろ関わりの中の例をとれば明らかです。要は、ひとまずナイフはあるとして、砥石や水や刃を当てる微妙な角度についての知識がこの国ではなかなか得られないのです。また、研いだナイフをつかって切ってみせる機会もほとんどないのです。現代の写真は感覚的な部分もないわけではありませんが、おおよそはロジカルです。論理的な組み立てがないと苦戦します。写真の論理的な組み立てには方法論が存在し、複雑か単純かはさておいて、方法論によって作品を強くも弱くもさせることができます。日本の写真は、方法論はほとんど問いません。なのでイメージの強弱、表層にあるものだけが強調されやすく、物語性が弱くなりがちです。六甲のクセは、物語のある写真を多く伝えること、そしてこの方法論を追求しようとしていること、そして仮に最も優れた写真ではなくても出口を提供していることに起因しているだろうと思います。クセというのは、まあ他にこういう場所がないからクセがあるように見えるだろうな、というところでしょうか。

ただ、写真祭を開催するにあたって困難や限界も感じます。広報不足や資金もそうですし、多くのプロフェッショナルなレビュワーを招いても、それに対して参加してくる写真家の準備のできてなさは明らかで、毎年対面のレビューには疑問を感じていました。そこで、今年のレビューはグループレビュー制を取りました。早速レビュワーたちや参加者たちからフィードバックが届いていますが、1セッション15分という時間の短さについては問題がありそうですが、方法自体は好評でした。今年のレビューでも、すでに数人がプロジェクトに繋がりそうです。レビュワーたちの全体を見渡しての評価も高く、レビュー外で作家たちを取り上げての議論も活発になってきました。プロフェッショナルなつながりや売り込みを求めていた写真家たちもいたでしょうが、正直に言えば他者からの視線にできるだけ触れることの方が現在のレベルでは有益だろうと考えたわけです。グループでディスカッションした結果、全てのレビュワーと対話ができ、多くのフィードバックを共有できたはずです。このレビュー方式は、海外のレビュワーたちにとっても衝撃的だったようですが、主要なレギュラーレビュワーたちからはとても好評でした。通訳の介在のさせ方には問題がありましたが、今後参加者からのフィードバックを得て、来年以降のレビュー方式について検討していきます。

教育シンポジウムは大変有意義でした。他の写真祭のディレクターを招いて問題点やアイデア、情報を共有するなんていうアイデアは、なかなか踏み切れなかったことですが、より優れた写真家を育てたり一般啓蒙を果たすために必要なことだと確信しました。マレーシアで今年始まったPhotosymposiumAsiaの流れをここ日本でも取り上げて、可能であればより多くの写真祭やワークショップを取り上げて毎年開催していきたいと思います。

ゲスト写真家の展覧会は、C.A.P.芸術と計画会議で展示したZALMAÏ のシリア難民の衝撃的なストーリー、そしてMirage Galleryで展示を行なっている(9月3日終了)Megan E. Dohertyのストーリー、そしてKIITOで開催したEMERGING PHOTOGRAPHERS SHOWCASE2017、ARTIST IN RESIDENCE、RAIEC SHOWとも、観覧者の知識や見識、感覚に委ねる展覧会を目指しました。特にZALMAÏ は、僕たちがニュースで知りうる難民の情報とはかけ離れた現実について、ジャーナリストの視点による圧倒的な情報量で私たちのこの問題に関する無自覚無関心さを明らかにさせます。Meganの物語もシカゴのある地域の独特な事情を取り上げていますが、観覧者は物語の登場人物、土地性、軋轢、祈りに容易にアクセスできるようになっています。KIITOで開催した3つのグループ展は、最終日のギャラリーツアーで参加写真家から直接ショートプレゼンを受け取れるように工夫し、より親密なコミュニティーになれるように配慮しました。

写真祭運営は、世界中で様々な問題を浮かび上がらせていると言います。数が増え、それぞれの思惑が交差し、写真家だけでなく写真専門家たちにとっても疲弊の原因ともなっています。RAIECは、今年の終わり頃にNPO設立を目指しています。より強力な態勢を取り、資金集めをいよいよ本格化させ、強く有意義で、世界にとって必要な写真祭となるよう組織づくりをしていきます。さらに、地方都市を取り上げて様々な形態でイメージ、写真、映像に関するイベントを開催していきます。

キラキラと木漏れ日の、九十九折の山道をドライブする車の窓ガラスに差し込む光がなんとなく弱まって感じられました。山を降りるとき、僕はいつも少し寂しい気持ちになります。そして、写真祭を終えた今、秋の日差しに変わっていくこの瞬間、輝かしい壮大な写真のお祭りではなくとも、小さく路傍の石のように佇む道しるべでありたいと思うのです。

最後にこの写真祭を支えてくれたMarco、増田、徳平、西川、氏川、田村、中田、ヨシ、笹倉、岩橋、成田、中野、木村、Georgeをはじめ、ボランティアチーム、通訳チーム、レビュワー陣、ゲスト写真家、おしみなく資金をご提供してくださった企業さま、Lucky Photo Marketチケットを買ってくださった方、そしてよく頑張った参加写真家たちに感謝したいと思います。ありがとう!

 

 

 

2017-08-29T14:24:56+00:00

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