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六甲山国際写真祭 2016 アフターリポート「WS Visual Language 視覚言語とは? 」 / 成田貴亨

By | 9月 10th, 2016|2016, Workshop, 未分類|

六甲山国際写真祭2016ポートフォリオレビューにレビューイとして参加した成田貴亨です。 六甲山国際写真祭最終日の8月28日にC.A.P Houseで開かれた「Visual Language 視覚言語とは?」と題されたワークショップに参加しました。 講師はONWARDやProject Bashoを主宰されているイトウツヨシさんです。   「視覚言語(Visual Language)」という言葉こそ知っていたものの、では「視覚言語」が具体的にどういった要素を語彙として使っているのか?そう言われると自分の頭に明解な「視覚言語」の姿が無かったというのが正直なところです。 視覚心理学のようなものを使って画面を構成する事には興味があり、その手の本も読んだりもしましたが、やはりそれだけが視覚言語の語彙の全てではないだろうという実感もあり、このワークショップへ参加することにしました。 またONWARDのメールニュースなどで以前からイトウツヨシさんの言葉は読む機会があったのですが、それらのメールの中でも強い写真を裏から支える論理的な背景や構造についてたびたび語られていた印象が強くあり、そういったイトウツヨシさん本人への興味も私がこのワークショップに魅かれた理由の一つです。 4時間のワークショップは2時間ずつ二つのパートに分けて行われました。 前半の2時間は視覚言語についてのレクチャーです。 まとめるとすると「視覚言語」というものが、具体的に何を語彙として使ってるのか?でしょう。 人が生理的にあるいは無意識に反応する図形的特徴を使うことや、CONTENTとFORMなど、写真を作り出す際に相反する関係として現れる要素のバランスをいかに扱うかなどの話題が提示されました。 それぞれの要素の関係を図で表し、それに沿って自身の作品の現在位置を客観的に把握する。明解で、制作中の写真の向かうべき方向性を自分の力で探るツールとして分かりやすくとても便利ではないか思います。 もちろんかなり抽象化、概念化されたツールですので、全てに適用可能な万能ツールではないのですが、これをヒントにそれぞれのケースに応じて考えるためのツールを作り出すことも可能だと思います。 Visual Structure(視覚的なデザイン)と題した、図形的要素が人にどんな生理的な反応をあたえるか?といった話題は簡単な事例のみが示されましたが、視覚心理学的なアプローチを知ればもっと深く掘れそうな話題ですし、画面を作る際の有効な道具であると私自身も考えています。 またレクチャーの最後に見た8分ほどの写真批評の様子を写した映像では、まさに私自身もこのように写真を観察出来るようになりたいと思える、明晰な写真の読み解きが伴った批評が展開されました。あの映像は出来る事ならもう一度見たいと言うか、ことあるごとに何度も見て確認したいような事がつまったお宝映像でした。 前半のレクチャー中で私がとくに興味を持った話題をいくつかあげます。 ・「視覚的なこと」と「意味のこと」を明確に分ける。 ・ただのコピーではなく写真にすることで何が生まれているのですか? ・視覚言語の単語だけでは不十分であり、複数の単語に意味ある繋がりを持たせてセンテンスや詩を目指すべきである。(ビデオの中で発せられた言葉) ・写真について思っているものと写っているものとの間にはかならずギャップがあると意識する。 特に「視覚的なこと」と「意味のこと」を明確に分けることに関しては、レクチャー中たびたび「それは視覚的なことについてですか?それとも意味についてですか?」という問いかけをイトウツヨシさんが発していたのが印象的でした。これはワークショップ全体を貫いていたキーワードだと思います。 ワークショップ後半は参加者がそれぞれ自作から”視覚的に”成功していると思った写真3枚をピックアップして、それに対して皆で意見を述べ合って検討を加えました。「視覚言語」を使って写真を読み解く演習といった雰囲気です。作家としては思っている事と写っている事の間にあるギャップがあらわになる時間でもありました。 ここでも「この写真の視覚的に目立つ部分はどこか?」「この写真の意味(オチ、要点、focus、interest、feature)は何か」この二つの質問をベースにワークショップは進行しました。 この二つの質問の吟味をかいくぐり、ただの単語一語ではない一つの文節をなす写真のイメージを手にするのは、相当にタフな作業です。 同時にそれが強いイメージの要件であると言われるとたしかに納得ですし、これが現実をわざわざ写真にすることで生まれる“何か”でもあるでしょう。 このワークショップ後半部分では、私だけでなく他の参加者も、自作の中に潜む、まさに「ギャップ」としか言えない問題点を発見し体験したと思います。 「視覚言語」という、知ってはいても漠然としたイメージしか持たなかった言葉を、実際に使える、実体のある道具として認識する糸口が見えたワークショップでした。          

準備会終了いよいよ本番へ

By | 7月 24th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, Organization, Portfolio Review, Support, Workshop|

先週末に始まった六甲山国際写真祭ポートフォリオレビュー参加写真家たちのための準備会は、今日で全日程を終えました。総勢28名、参加者総数の実に7割にせまる参加者数でした。参加された写真家の皆さん、ご苦労様でした。   準備会の意味は、六甲山国際写真祭の公式ブログにも掲載していますのでここでは書きませんが、やはり開催しておいてよかったと思います。日本のポートフォリオレビューの開催意義まで掘り下げるといろいろ問題点が浮き彫りになるわけですが、その最たる問題は写真家の不勉強と準備不足に尽きます。それはアート教育システムのなさ、歴史的写真の知らなさ、発表現場の緊張感のなさ、ワークショップの乱立、国内指導者層の意識の低さ、ばらつきの大きさ、マネタイズ主義のイベントの多さ、自分が参加する写真システムへの参加意識の低さなどに加えて、絵作りのレベルの低さ、テーマの弱さ、取材や掘り下げのなさ、流行りに弄ばれる意志の弱さなどもうどうしようもなく問題点だらけです。うわついた写真、薄っぺらで不十分なアートの装置、他者への心配りのなさ、取材のないドキュメンタリーとまで書くと、もうどうしようか、レビューなんてやめてしまおうかとさえ考えてしまうのですが、六甲山としては、欧米アジアの人やシステムとの違いは織り込み済み、蹴落としていくのがいいのか、拾い上げて教育するのがいいのかで考えた場合、はっきり後者だと言い切れるシステムを作り上げようとの意思表示をしたわけです。六甲には開かれた写真コミュニティーがあって、誰もが参加でき、努力次第ではチャンスがある、という主催者の写真祭開催意図は、参加者が汲み取ってこそ生きるわけで、参加者の皆さんは一層の努力をして準備に邁進してほしいと思います。   実際、参加者の皆さんの作品は事前審査を通過したものであっても皆が決して優れているというわけではありませんが、準備不足な人たちも編集次第、写真の構造の持ち方、ちょっとした軸を変えることで良くも悪くもなるわけで、その良い方向に整える努力を怠らなければ、決して悪い無意味と弾き飛ばす必要はなく、むしろ良い点にストーリーをフォーカスできるということも学んだと思います。もちろん、通過者の半数は何かしら可能性を秘めているし、真の表現者も少なからず参加しています。 一方で、写真で何を目指したいのか、という根本的な問いかけはずっと問い続ける必要があるな、というのが今回の準備会の印象です。皆さん、目標が漠然としているか、そこまでの欲求がないか、高望みをしているか、自分のレベルにフィットした目標がないこともわかりました。六甲山国際写真祭のレビュワーにはギャラリストは少数です。ほとんどが写真祭、キュレーションメディア、キュレーター、編集者、出版社です。そしてそれには読みと計算もあるわけです。現代の写真ポートフォリオレビューでは、ギャラリーの取り扱いに至るケースはほとんどないと思います。欧米でもグループ展などに取り上げられるケースはありますが、契約に至るような取り扱いを受けることはごく稀です。一方で、活況なのが写真祭、写真ブログやキュレーションメディア、出版社などです。これらは比較的プロジェクトになる可能性がありますし、それらは決して閉じてはいないので、人のつながりを生みます。オーディエンスも増えるので、結果的にどこかにストンと落ち着く可能性があります。また、いつも書くように、写真がいいという理由だけでプロジェクトになるのではなく、人と人のつながりからプロジェクトになるということを忘れないでいてほしいと思います。誠実にプロジェクトを作ってさえいれば、小さな始めたばかりでの作品でも良いプロジェクトに発展させることは可能なのです。 さあ、本番まであと少し。準備会に参加された方もされなかった方も、頑張って準備を進めてください。

ポートフォリオレビュー準備会始まりました

By | 7月 16th, 2016|2016, Feature, Mt.ROKKO, NEWS, Portfolio Review, RAIEC, Support, Workshop|

今日は、六甲山国際写真祭2016に参加されるポートフォリオレビュー参加者のなかから希望者に対してポートフォリオレビュー準備会と称して、簡単なレクチャー、ポートフォリオレビューのロールプレイ、そして全員の方に実際にポートフォリオレビューを実施しながらレビューに臨む際の注意点などをお伝えしたり、写真の簡易編集を行って選ぶべき作品の順序やストーリーの研ぎ方、またどのサイズのプリントを用意すべきか、プリントのクオリティーをどこまで高めるかなど、基本的な対策と称して3時間にわたり参加者と交流しました。これは神戸会場が明日もう1日、そして来週末東京会場でも、参加者全体の実に3/4の方たちに有料で実施しています。 ポートフォリオレビューは、言ってみれば口頭試問のようなものですし、参加した経験がなければどれくらいのストレスがあり、どう進めていっていいのかわからないという実態があることが過去3年間の経験からわかっています。そこで、少しでも経験値をあげ、参加者の参加への不安を取り除きながら、写真の意図が伝わるように事前に準備を整えたほうがいいのではないか、と企画したところ、思わぬ数の参加者となりました。 せっかくいい写真を作っていても、プリントが悪いとレビュワーの評価にはつながりませんし、意味不明なステートメントであったり、訴えたいポイントがボケた文章だったりすると、それだけでチャンスを逃してしまいます。一文を付け加えるだけで社会的な要素を演出したりできることを、今日の参加者たちは実感したと思います。かなり手ごたえがあったので、運営サイドに時間的な余裕があるかがポイントにはなりますが、六甲山国際写真祭のレビュー自体の質を高め特徴のあるレビューにするためにもこの準備会は必要なのかな、と考えています。 そこまで実行組織がやるべきかどうかは正直悩むところではあるのですが、今日の参加者の振り返りにもあったように、緊張から言いたいことが言えない、緊張がほぐれ楽しくなってきた頃にはレビューが終わってしまう、というこういった対面のコミュニケーションが不慣れな方が多いことも現実にはあるわけで、決して安くないレビュー費用に対して効果が得られないようなレビューとなってしまうのはとても残念だという思いもあり、開催することにしました。また、国内のみならず海外のレビュワーたちに対しても、よく準備されているレビューというのは疲れず、楽しく、コミュニケーションが取りやすく、先のプロジェクトにつなげやすいというメッセージでもあるはずです。海外のレビューを数多く経験してきた僕としては、作品が同じレベルではなくても、コミュニケーションからつながりを作り得ることを知っていますので、その技術やアイデアを参加者に伝えることで運営そのものがスムースになるのなら、参加者も六甲山国際写真祭自体も評価を高めることができる、という読みもあります。 残り3日。参加者の覚悟に訴えてレビューの質を高める準備をしていきたいと思います。    

ポートフォリオレビュー事前審査講評

By | 6月 5th, 2016|2016, Mt.ROKKO, NEWS, Organization, Photographer, Photography, Portfolio Review, RAIEC, Workshop|

2016年のMt.ROKKO INTERNATIONAL PHOTO FESTIVALポートフォリオレビューの事前審査が終わりました。すでに結果は各方面に連絡済みです。 今年は通過者38名となりました。正直に申し上げれば、通過者と次点(補欠)、また通過されなかった方々の違いはさほどありません。どうしてもこのようなイベントの予備選考というものは難しくならざるをえませんが、それは集計点数のわずかな違い、当落線上の1点2点のなかに数名の参加者が集中し、最後は主催者判断が必要となることなのですが、いずれにせよ結果は出ました。 今年は、それでも六甲山国際写真祭の役割というか、この写真祭に参加することで世界中につながりを作りたいという思いが強い方が集まってくださったと思います。上位6名程度は、海外でも十分に活躍できる力量があると考えられますし、作品を作っていく上での覚悟が見えたり、アイデアが豊かに見えたり、より大きなオーディエンスを意識した作品作りをされていたと思います。一方で、やはり作品作りが習作の域を出ず、作り込みが不十分であったり、ストーリーがなく独りよがりだったり、強い美を追求したり力強いテーマを描けずに苦戦する方も多かったと思います。今年から従来の審査基準に加えて、将来性、というキーワードにより多くの点数を含めたことも採点に大きく反映されました。今はさほど強い作品でなくても、将来に可能性を感じさせる作品や、実験的ではあるけど可能性を探ろうとしている作品がいくつか審査を潜り抜けています。 皆さんの経歴を見ていると、なるほど様々なイベントやレビュー、出版物を経過して来られている方も多いのですが、アートや写真の歴史や構造を意識しつつ、どのように自作をアピールするかという点で弱かったり、ステートメントと作品の間に乖離があったり、ステートメントで語りすぎているのに作品が弱かったりと、イメージ自体はさほど悪くないのに得点が伸びないか減点されているというケースが多々見られました。自学されて活動をされている方が多く、専門的な教育を受けていないということも確かにありますが、おそらく写真を作る動機、誰に見せたいのか、どういう人たちと付き合いながらどう世界につながっていくのか、というアイデア勝負となると、国内では通用してきた経験者でも、世界レベルから評価すると圧倒的に経験値が足りないことがよくわかります。正直に言えば、上位10名がなんとかそういう領域には達していますが、それより下位の皆さんはほとんど一並び、そういう意識は見えない方が多いように感じました。また、繰り返し参加されている方も申し込み者全体の20%に及びますが、明らかな新作を提示して来られた方や掘り下げ方を変えて来られた方が通過しています。再挑戦はプロジェクトによほどの発展がないと辛口評価になってしまいがちです。 イメージとしては美しい作品を作っていても、ストーリーが描ききれてないか、複雑な説明を置いたり、言葉を重視しすぎたステートメントが重荷になって評価を下げた作家もいました。通過者の中にもステートメントに問題があるか理解できないものが若干含まれているため、本番を前に作品を整理しなおす場面も必要かもしれません。これは希望があれば準備会のようなセッションを持てればいいなと考えています。また、写真家のウェブページについても、簡潔で十分な情報があり、美的な要素が感じられるサイトを作っておられる方もいますが、そもそもサイトを持っていなかったり、作り直したほうがいいサイトも多数あります。国際写真祭のポートフォリオレビューですので、この辺りも個別に準備を促していきたいと思います。 通過者全体でいうと、地域や家族を取り上げたパーソナルワークが30%、社会のありさまに視点を投げかけるプロジェクトが30%、コンセプチュアルアート20%、ドキュメント20%というような内訳です。風景が全体の20%、ポートレイトが30%、静物が20%で、残りはスナップほか分類不能な作品となります。ただし、これは大まかな印象でこれから少しまじめに集計してみようと思います。 残念ながら通過を果たせなかった写真家、作品についても、僕としては将来性のある作家や作品は何らかの形で取り上げていこうと考えています。がっかりされている方もいらっしゃると思いますが、がっかりしている暇があったら作品をより良いものにする努力を払うべきです。落選するにはそれなりの理由があるはずで、その理由を自分なりに分析する冷静さが必要だと思います。また、実際に六甲山国際写真祭に限らず世界的な写真の枠組みでおこっていることを理解すること、世界という視野の中で表現を磨くために必要な努力については、リサーチが必要なのは言うまでもありません。これまでに参加されて活躍の場を自分でこじ開けてきた先人達のコメントを読んでそれらの作品が評価を得られる理由を考えてみたり、六甲山国際写真祭が写真教育、社会への理解を深めるために写真というメディアを用いている写真祭であることなど、写真祭の開催理念も包括的に理解した上で参加すべきだと感じられました。これにはRAIECのワークショップ、東京展などに足を運んでいただいて体験するのが早道です。六甲山国際写真祭は、写真家育成機関を謳ったことは一度もありませんし、写真家だけが参加してくる閉じたイベントではありません。むしろ私たちが向き合おうとしているのは一般社会の人々です。開催理念として描いているのはあくまでも写真を通じて人生、暮らし、社会への作家の視線や機微を掘り起こすことであり、写真家自身がメディウムであることを自覚して活動し、この途方もなく大きな写真空間を自在に行き交いながら新しい表現を用いて世界的な視野に立つことを目指せるようただ舞台を用意しているにすぎません。そのことを理解していただき、これからもそれぞれの皆さんが写真の高みを目指して活動していただきたいと願っています。

Alejandro Duránの仕事 – Main Guest Photographer

By | 5月 29th, 2016|2016, Eng, Feature, Mt.ROKKO, Photographer, Photography, Workshop|

  We will present "Washed Up" of Alejandro Durán as one of festival main guest photographers. Exhibition Venue: C.A.P. House 4F Gallery (closed on monday) Exhibition Period: Aug 20 sat – 28 sun Closing Lecture: Aug 28 PM12 at C.A.P. House 5F Lecture room     Alejandro Duránは、メキシコの写真家です。彼の作品は、メキシコの海岸線に流れ着くプラスチックゴミを使った環境介入型のアート作品と言えるでしょう。ゴミを集め環境を改善させながら、それにとどまらずそのゴミを使って環境保護の啓発活動を行うという彼の作品は、世界中で注目されています。 六甲山国際写真祭では、彼の作品を大型のターポリンシートで発表するほか、28日のC.A.P.でのクロージングトークショー、プロジェクションにおいてもその環境保全活動について紹介する予定です。 Alejandro Duránと出会ったのは、2015年のReview Santa Feです。彼の作品は、Review Santa Feでも高く評価されており、ショーケース展にて紹介されていたほか、いわゆる「新しい」風景写真Environmental Landscapeというプロジェクトの旗手として取り上げられたりしていました。Jameyもそうですが、風景写真が注目を集めるにはそれ相応の作り手の意図が明かされないといけません。また、それは美しく、心に届く必要があるわけで、Alejandro Duránの作品はまさにこの点で圧倒的な存在感がありました。Review Santa Feのレビューでは、写真祭招待がその場で決まったほどです。 教育者でもある彼は、現在グラントを受けてNYに滞在しています。 六甲山国際写真祭のAlejandro Duránの展覧会、トークショーにぜひお越しください。写真が社会を変えるということが可能であるという実践をご覧いただけると嬉しいです。    

Jamey Stillingsの仕事 – Main Guest Photographer

By | 5月 22nd, 2016|2016, Eng, Mt.ROKKO, NEWS, Portfolio Review, Workshop|

We will present THE EVOLUTION OF IVANPAH SOLAR of Jamey Stillings as one of festival main guest photographers. Exhibition Venue: C.A.P. House (closed on monday) Exhibition Period: Aug 20 sat - 28 sun     今日は六甲山国際写真祭2016のメインゲスト写真家の一人、Jamey Stillingsを紹介します。 Jamey Stillingsはアメリカの写真家です。彼の作品は、いわゆるエネルギー関連の施設を撮影する非常に力強い写真シリーズが特徴で、今年の六甲山国際写真祭にはその中からTHE EVOLUTION OF IVANPAH SOLARというカリフォルニア州にある太陽光発電プラントのシリーズを展示します。 彼の作品はエネルギーの可能性や問題点について、経済・環境・人々・地域などの視点から撮影するもので、その精緻な作品はアメリカでも大変人気があります。最近の作品はヘリコプターにより空撮で構成され、そのスケールの大きさが大変印象的です。 Jameyとは2010年のReview Santa Feに訪問した際、Hoover Damの建築現場を撮影した壮大なシリーズをレビューを受ける立場で持ち込んでいましたが、2013年にReview Santa Feの講師としてレクチャーがあったほか、2014年には僕のレビューをIvanpahのシリーズで受けていただいたことから、今回の展示につながりました。 Jameyの作品は8月20日から28日の期間中、神戸市中央区C.A.P.(芸術と計画会議)(月曜休館)にて展示されます。また、25日にイベントウィークのオープニングトークが予定されているほか、レビュー参加写真家たちと共に六甲山上でこのスケールの大きな作品をめぐってディスカッションが予定されています。 日本でも様々なエネルギー問題が震災関連、原発を中心に語られていますが、限られた資源・土地で効果的で持続的なエネルギーを生産するためにはどのような観点から議論すべきかのか、考えるきっかけになればいいと考えています。  

イノシシだより from Mt.ROKKO / Vol.2

By | 4月 29th, 2016|2016, Mt.ROKKO, Organization, Portfolio Review, Support, Workshop|

六甲山国際写真祭2016ポートフォリオレビュー参加写真家募集中! 締め切りを延長しました。5月13日まで。 六甲山国際写真祭を運営しているRAIECの杉山です。 このニューズレターは、過去に六甲山国際写真祭ポートフォリオレビューにお申し込みをされた方、六甲山国際写真祭およびその関連イベントに参加された方、ホームページからご購読いただいた方にお送りしています。 六甲山国際写真祭2016のポートフォリオレビュー参加写真家の募集が5月13日まで延長となりました(実際には5月12日申し込み分まで)。お急ぎで準備されていた方には大変申し訳ありません。今現在、参加しようか迷っている皆さま、5月13日までにすべての手続きが終わるようにお申し込みいただけると写真祭参加への扉が開かれます。写真祭は例年アットホームな雰囲気で進められ、六甲山上の澄み渡った(霧に巻かれることもありますが)空間で、世界における自分のポジションを探るいい機会です。今年から山上のレセプションを簡素化する代わりに無料の強力なワークショップを実施することになりました。特にJameyのワークショップは写真観を変えてしまうくらいのインパクトがあり、写真体験のこれからを見通すプロジェクトになると思います。これは参加者にしか体験できないワークショップとなります。多くの海外アーティストも事前審査を経て皆さんと同じように海外から駆けつけます。ぜひ国際交流の観点から、また六甲山の写真コミュニティーを日本において海外からもいつでも、誰もが参加したくなるようなものに育てていくためにも、皆さまのご参加をお願いいたします。 ご参加いただけない場合でも、25日にオープニングのメインゲスト写真家Jamey StillingsとKosuke Okaharaさんのアーティストトーク、レセプション、28日にはAlejandro Duranさんのアーティストトーク、さらに28日の4-5つのワークショップを開催します。さらに、世界中から選ばれたEMERGING PHOTOGRAPHER'S SHOW 2016には、国内のアーティストを始め、選りすぐりの写真家たちがスライドショームービープロジェクションで参加します。これは例年、六甲山上で一回限りのプロジェクションでしたが、今年はC.A.P. HOUSEにて常時上映を実施します。ぜひこれらを受講、ご参加、またご視聴くださいますようお願いいたします。皆さまの写真の見聞、写真活動向上に必要なあらゆる情報が手に入れられる良い機会となることを確信しています。また、ポートフォリオレビューに参加されなくてもレビュワー陣と密接に関わることのできるチャンスです。 近く、特にアジア地域の写真家たちに対して、写真祭をサポートしてくださる皆さんとともに、クラウドファンディングでのサポートプロジェクトを開始します。これはゲストとなる予定のアジアの写真家にいくばくかの支援を募るもので、例年通り、高額な写真作品や写真集セットが当選するLucky Photo Marketの抽選チケットやオフィシャルカタログ、ノベルティグッズなどをご支援の見返りの対象とするほか、ポートフォリオレビュー現地見学権なども対象としてクラウドファンディングを実施します。ぜひ写真祭の組織運営にご協力をお願いいたします。 写真祭は8月20日から28日まで六甲山上および神戸市内で開催されます。イベントウィークの25日から28日まで、山上で写真合宿のような濃厚なめくるめく体験をしながら、海外や国内のアーティスト、写真のプロフェッショナルとつながりましょう。今年も素晴らしいゲスト写真家をそろえ、写真の面白さ、写真メディアやアートの力、写真による社会への視点を訴えかけるようなプログラムをご用意して皆様のご参加を心待ちにしています。 初めて挑戦しようと考えておられる方、過去に事前審査を通過しなかった方、通過して参加したけれどもっと写真のレベルを上げたいとお考えの方、今年もぜひ六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに挑戦してみてください。 また、この「イノシシだより from Mt.ROKKO」をご購読ご希望の方は、このサイトのフッターからお申し込みください。ニューズレターの方ではその他の情報も入手可能です。  

私にとってのコミュニケーションワークショップ
/竹谷恵子

By | 4月 17th, 2016|2016, Workshop|

第三回六甲山国際写真際にレビューイとして参加した竹谷恵子です。 4月9日、RAIEC TOKYO2016に伴って開催されたコミュニケーションワークショップに参加し、今年もまた自分にとって大きな学びを得られる参加だったように思います。 私が初めてRAIECのコミュニケーションワークショップに参加したのはちょうど一年前の4月5日でした。 4,5年前から写真を撮る面白さに取り憑かれ、S.N.S.を発表の場として楽しんでいた自分ですが、もっと目的を持って写真を撮っていきたいのだけど、今のままではなんだかつまらない。そのためには何を目指しどのとのようにいったらいいのかそのヒントが欲しい!というモヤモヤした気持ちが私をこのワークショップに向かわせました。 参加してみてまず驚いたのは、RAIECが写真家に提唱する基準というのは「社会や世界へ繋がるアートとしての写真」というものであり、そのための具体的で現実的な、様々な示唆や教示を示してくれることでした。そこで参加写真家は様々な写真のプロフェッショナルな方々と出会いレビューやアドバイスを頂くことができ(それも驚きだった)、また自分と同じような仲間との交流の中で様々な情報を得て学び、それらを総合的に自分の写真にフィードバックして良い作品にしてゆくことができることを身をもって知りました。 この東京でのコミュニケーションワークショップの中で特に面白いのは、自分の作品のステートメントを他者が作ることを体験できるという点でした。 参加者はいつくかのグループに分かれ、まずは自分の写真のプレゼンテーションをしたのち、他己紹介のような形でそのグループ内で自分の作品のステートメントを自分以外の参加者が作るという面白いメニューがあるのですが、数年間撮りためた写真の断片を初めて人前でプレゼンテーションし、それが作品として成立するのかどうかのヒントを得たかった私はその時初めて「ステートメント」という概念を知りそれがアート作品としての写真には欠かせないものだと知りました。 優れた作品には優れたステートメントは必然で、優れたステートメントを書くには自分のテーマの本質的な部分に対してより自覚的によりストイックに明確にしなければ作れないことを知りました。 一年前に初めて人目にさらしたその自分の習作は、この時をきっかけにして、その後夏の六甲国際写真祭のポートフォリオレビューを経て、自分の中でプロジェクトとして成立させることができ、今年4月、RAIEC TOKYO2016展で、無事にひとつの形にまとめ発表することができました。ちなみに、その時のグループワークでみんなが作ってくれたステートメントはその後今に至るまで、影響を及ぼし続け、より明確なステートメントを作る上でずっと役立ってくれました。 つまり私はちょうど1年かけて、自分の習作をとりまとめ編集しステートメントにも取り組むという経験ができたわけなのですが、それゆえこのワークショップへの感慨は深く、一年前に思い切って参加して本当によかった!と思いました。 もうひとつ特筆したいことは、今回のワークショップにおいて、講演者である写真家萩原義弘氏の講義に私は大きな衝撃を受けたことです。 萩原義弘氏といえば冬青社から出ている有名な写真集「SNOWY」 を去年参加した写真ワークショップ2Bで渡部さとる氏が教材として取り上げられ、そこで塾生が知るべき重要な写真集として講義をされ、そのおかげで私も優れた写真集として存じ上げることができました。      今回のワークショップではその「SNOWY」やそれ以前に出版されていた「巨幹残栄・忘れられた日本の廃鉱」の2つの写真集を、萩原先生ご自身の解説でその写真集の主軸ともいえる写真の根幹のようなものを伺うことができたのですが、そこに長い年月ひとつのテーマを追い撮られてきた写真家の真実の言葉に含まれる静かだけれど強い説得力に感動しました。 みんなそうだと思いますが私もまた常々興味や直感がどのようにすればテーマやプロジェクトとなり得るのか、ということをいつも考え続けていますが、講義の中での「ドキュメンタリーの要素が大前提にあってこそのアート」という萩原先生のお言葉はとても印象的で強く私の胸に響き、うまくいえないのですが、「何を撮るべきなのか」という基準がなんとなく自分の中で見えたような気がします。 また、これはワークショップで必ずしも約束されていることではないですが、ワークショップ後、たまたまRAIEC TOKYOの会場で写真をご覧になっていた先生に、私は自分の写真を見て頂き、今月から自分が撮ろうとしていたものが自分にとっての北海道で、だけど同時にそれはテーマとして成立するのだろうかと去年から迷いを感じていたのです。萩原先生はその私の迷いを的確に理解してくださり、また明快なアドバイスを下さり、私にとってそのアドバイスは天啓だとさえ感じました。 そのおかげで迷いは晴れ今はスッキリとした気持ちで新しいテーマに向かう決意を抱くことができました。 ワークショップでは、その他にも神戸のギャラリスト野本大意氏の写真家とGalleryとの付き合い方や、アートを取り巻く核心的な裏話的に囁かれるパワー100の存在などの講義を聞くことができ、そちらもとても重要な情報として興味深かったです。 私はまだスタート地点に立ったばかりで、これから新たな習作を撮ってゆくことをまずはしてゆく段階の者なので、それを理解して実践するにはまだまだこれから何段階もの階段を登らねばならないという自覚があるので、その講義は大事な知識として今回頭の引き出しにいれました。 実は私はこのワークショップに一週間前までは参加を迷い消極的だったのですが(けっして安い参加費ではないし)、しかし開催直前に参加を決意して本当によかったと思います。昨年の参加がそうであったように、今年もまた今後1年の自分の具体的な方向性を見定めることができました。 新しい習作に向けてじっくりと取り組んでゆくことを自分で決意できたことが私にとってこのワークショップに参加した最大の収穫であり、充分に納得のゆく結果となりました。 このように、人はアウトプットとインプットを同時にしながら進んでゆくものではないかとこの1年を通して私は思いました。 自分のゆく道を見失って苦しくなってきた時はおそらく道を逸れているか、正しいインプットが足りず、何らかの正しい補給をすることでまたスッキリと見えてくるのではないでしょうか。 自分のゆく道の先達には自分の想像を遥かに超えた優れた才能と努力を積み上げられてきた方々が山のようにいて、その貴重な知恵が得られる場に触れるチャンスがあるならば最大限利用し、自分の活動の糧にした方が実り多い人生を生きれるような気がします。 私はちょうど一年前、RAIEC TOKYOのコミュニケーションワークショップがきっかけで、自分の見える世界がどんどん変化してゆきました。たくさんの仲間や、この世界の尊敬するプロフェッショナルの方々にもたくさんの出会いとご縁を頂くことができました。 求めて一歩踏み出せば、自分にとって最大限で必要な収穫が得られると私はこの1年間の出来事で実感することができました。しかし、一歩を踏み出さなければ何も手にすることはできません。 RAIECのコミュニケーションワークショップは、ずっと撮り続けているテーマをお持ちでより良い形にまとめ、発表していく場も含めて探している方々には強くお勧めたいワークショップです。       投稿者/オカモト ヨシ    

萩原義弘さんの講義

By | 4月 15th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, RAIEC, Story, Workshop|

3331で開催された写真コミュニケーションワークショップでは、"SNOWY"で知られる萩原義弘さんに講義をしていただきました。これまで様々な写真家と知り合ってきましたが、写真のプロジェクトの話を伺ってこの人ほどプロジェクトの話ができる人はいないんじゃないかなと考えての依頼でした。それはヴィジュアルなアーティスティックな点と、社会的な視点、教育的な視点とをすべてを併せ持っていて、これからプロジェクトを作っていこうとする方達には大変参考になると思います。 写真はクラシック、モノクロのスクエア、ハッセルブラッドのノッチがわずかに見える正統派の写真です。ただ、そこにはプロジェクトのきっかけである1981年に発生した夕張炭鉱事件から始まり、炭鉱労働者の悲哀、町と人々との関わり、産業の衰退、産業そのものの構造的問題点など、様々な要素を含みながら発展していきます。新聞社の記者という視点も忘れることはできませんが、学生時代に写真を撮りに出かけたという夕張がいかに一人の写真家の人生を決定付けたか、というストーリーは、現代の写真のスタイルとは異なり、かなりストイックです。35年もの間、夕張を起点に発展的展開はあるにせよ一つの素材を追求していく姿勢はなかなかとれるものではありません。 写真を評価する側にいると、写真の掘り下げ方が足りない写真家が多いことに気づきます。良いプロジェクトというのは、主題をもつ音楽のように展開し、絡み合い、また主題に戻ってきます。そういうプロジェクトをレビューで見かけることはほとんどありません。これからの写真は、いわゆるビジュアルコミュニケーションという視点がかならず必要になってきます。それはその作品群を系統的に見せることによって、オーディエンスに社会への気づきをもたらし、オーディエンスが何らかのアクションを起こすということ意味するのですが、そのためにはテーマの掘り下げが必要なのです。 あまり知られていないことですが、萩原さんの写真は2013年には某仏最高級ファッションブランドの秋冬もののカタログに8ページにわたり掲載されるなど(その前号に掲載されたラルティーグなどと同列に!)、たゆまぬ努力の結果が着実に実を結んでいる写真家の一人と言えます。現在は日大の写真学科で講義をされており、参加者の写真の可能性について的確なアドバイスをしていただきました。 そんな裏話なども紹介されて、大変有意義な講義でした。  

写真コミュニケーションワークショップで起こったこと

By | 4月 10th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, Organization, Portfolio Review, Story, Workshop|

それは言ってみればMagicなのだと思います。 Magic-① 魔法。奇術。手品。「トランプの―が得意だ」② 不思議な力のある意で,多く他の外来語と複合して用いられる。③ マジック-ナンバーの略。④ マジック-インキの略。 とりとめのない作品を、手品をつかって何段も何段も上げていくのがこのワークショップの仕組みです。それは魔法と呼んでもいいし、奇術と呼んでもいい。とにかく、それは一旦は研ぎ澄まされ、解体され、余計なものを剥ぎ取られて、作家にとってもっとも使いたい言葉を含みながら美しい言葉に言語化されていく作業なのです。それが複製可能なヴィジュアルプロジェクトに命を吹き込んでいく現代のロジックなのです。 日本人の書くステートメントは、かなり問題があります。回りくどいか、意味不明か、そもそも文章ですらない。なので作品はどこにも、誰に対しても、自分自身に対してですら意味をなさない。もちろん、そこが明確化された萩原さんのような大人なプロフェッショナルは確かにいるだろう。しかし、僕が見るところの多くのプロジェクトは、実のところまだプロジェクトですらない。それは習作にすぎず、ただそこに意味もなく横たわっているだけなのです。それは、アイデアがあっても、アイデアを表に引き出しプロジェクトの根幹をなすべき筋の通った言葉が足りていないからだと思います。 と書くとかなり後ろ向きな、炎上しそうな考えなのかもしれませんが、そこに僕たちはMagicを使うのです。正確な、誠実なプロット、弱々しいことを逆手に取るレトリック。シナリオと絵コンテで映画を完成させていくような、場面場面をつなぐ糊のような形容詞、副詞、動詞をつかう。たったそれだけで、Magicは確かに完成するのです。 ではMagicはどこにある?今日、多くの人はMagicを目撃したと思う。   今日はまた、写真のバックヤードの話を野元さんがやってくれた。誰がアートを仕切っているか、というPower 100の話。そしてモチーフ、テーマの上にあるべき根源的な制作欲求、本質。そして、Powerに近づくために必要なつながり。 ではつながりはどこにある?今日、参加者は繋がりを通じてしかPowerに近づけないことを知ったと思う。パワーというのはすなわちお金であるし、より高い場所にある目標です。閉じたアートワールドで活動することで満足する人たちも確かにいるだろう。しかし、それはアートか?といつも自分自身に問いかけている必要があります。僕は違うと思う。アートは常に食指をたえず上にうえに伸ばして勝ち取るべきものなのです。その行動をとったものがアーティストなのです。