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Shenzhen International Urban Image Festivalに来ています

By | 9月 24th, 2016|2016, Experience, NEWS, Photography, Story|

表題のイメージフェスティバルに参加するために中国深圳に来ています。今回は5名の日本人写真家を紹介するプロジェクトに呼ばれているのですが、今日からスタートし、約1ヶ月続くこのフェスティバルの一部を紹介しようと思います。 深圳は香港のすぐ北側、本土に面して展開する巨大な都市です。深圳は30年ほどの間に恐ろしいスピードと規模で発展した都市とのことで、現時点で世界で最も裕福な都市との表現があるくらい、科学技術を始めとする中国の基幹産業をてこに、中国政府が膨大な資金を投入して作り上げた1200万の人々を抱える近代都市といえる場所です。空には摩天楼がそびえ、道路という道路はとてつもなく広く、公園や街路樹も美しく整備されていて、そこに欧米日本車などの高級車が溢れかえっているメトロポリスです。当然のように豊かな財政と新しい中国の都市生活のスタイルが発展し、アート産業も極めて高いレベルで発展しています。写真に関するものだけでも4つの写真祭を抱え、中国全土のアートマーケットの一翼を担っており、活発な中国の人々の購買欲や、新しいおしゃれな都市の暮らしを満たす消費財として、またコレクターの育成に成功した強大なギャラリーシステムを抱え、国際社会の中国経済への動向への不安とはかけ離れて、ここ深圳ではアートは未だ本格的で健在です。つまり、産官学が一体となってアートというある種の産業を都市構造に埋め込むことに成功している羨むべき構造があるのです。実際、このフェスティバルもその他の写真祭も、主には中央政府や地方政府の資金提供を受けながら発展しているアート祭で、40にも至らない若いキュレーターたちがよどみない語学力をもちいてわんさかプログラムを作っていて、驚くばかりです。僕たちもほぼ中国の国費(あるいは地方政府の資金)で招かれており、食事宿泊渡航費のほぼ全てが運営委員会もち。彼らはタクシーから何もかもネット上で予約し、こちらは一切のストレスを受けないでおまかせとなっています。緊縮予算とだらしない政策、似たり寄ったりのプロジェクトに終始し、どうやっても資金が集まらない我が国のアートプログラムとは異なり、都市とアート、アートと人々、人々と暮らしなどと言ったフレーズなど使わずとも、誰もが良質のアートに触れその恩恵に触れることができるように教育システムが存在し、アートシステムがあり、都市が作られていて、羨ましい限りです。 まだ都市が形成されていない頃の倉庫街をアート特区として整備している深圳OCT地区 もちろん、写真祭自体は新しく、ディレクターも若く、ホームページもなくあちらこちらにほころびもあるのですが、World Press PhotoやMagnum、National Geographic Beijingの若い編集者やアーティストたちがこれから1ヶ月の間、次々とこの地を訪れて写真の祭典を繰り広げるとなると期待せざるをえません。 そんな中国の写真シーンですが、やはりキーとなったのは大きくわけて日本とヨーロッパからの影響だといいます。1990年代には森山大道やアラーキーがこの国の写真家たちに強い影響を与え、その後の中国の写真家たちの道しるべになったといいます。高度成長からはじまった国威の発揚に伴って、より大きなマーケット、アートの中心地であるヨーロッパにでかけていって多くを学んだ写真家のグループもあるとのことです。現在の中国と日本は、政治地政学的にかつていないほどに物々しい状況を生み出してはいるけれど、本質的には東アジアの価値観を共有しているはずで、その点については出会った誰もが日本に対して一目置いているのは面白い発見でした。 日本でもおなじみのMu Ge氏の写真展準備作業。ここは中国最大手の美術出版社のギャラリー。複数階に渡っていくつものギャラリーが連なる。準備をしているのは、なんとアート専門の搬入展示会社のスタッフ。そういう職業があることに驚く。僕が知らなかっただけか   OCTの内部。街ひとブロック全体がギャラリー、カフェ、美術学校などで作られている   ハンガリー人メディアアーティストIstvan Horkay氏のオープニングレセプション。彼の作品はナチズムを取り上げた作品。古い写真をモチーフにして、ドローイングを加えた手数の多い作品。ビデオインスタレーションも素晴らしかった。なんと別作品ではあったけど、サイン入り作品をいただいた。この会場は学校のような施設で、若き中国人アーティストが初キュレーションに挑んだとか。彼はとても誇らしげでいい顔をしていた   WORLD PRESS PHOTOのインスタレーションは、宇宙で暮らす飛行士たちの私生活を、家族と飛行士たちのプラーベートな通信から明らかにする宇宙的スケールの作品。アメリカ人家族とロシア人家族が描かれていて、宇宙開発や文化思想の違いまでが宇宙規模で描かれていた。これはマルチメディア部門コンペで入賞した作品らしい。一番左がキュレーターのポール。本部アムステルダムで活動するWPPの展覧会部門シニアスタッフ   倉庫はとんでもない大きさ。写っている倍以上の面積がある。国内で平面積でこの大きさを探すのは難しいだろう。プロジェクションのために会場で使われる高出力プロジェクターはすべてレンタルだが、期間中600万円以上かかるという。資金のことを聞くと、うん?ああ、政府が払うからね、とのこと   イメージフェスティバルというだけあって、絵画やアニメのプロジェクトも上映されていた   NYで活動するアメリカ人写真家Lois Greenfield氏は、ダンサーを撮らせたらこの人を置いていないというほど有名な写真家。40年の写真のキャリアがあり、プリントもたくさん売れているという   作品は動きを完全にとめた躍動、構図から単光源のライティング、ダンサーの肉体、床からわずかに離れて時間が止まったかのような完璧なイメージ。中判デジタルカメラで撮影され、連写ではなく、完全にワンチャンスをものにした作品。プリントは自分のスタジオで製作している   ボケてしまったけど、香港の著名な俳優で自殺したレスリー・チャンの映画をモチーフにしたインスタレーション。うーん実際の映像はかなりイケてた。手前にレコードプレーヤーがあり、レスリーのダンスに合わせて音楽が流れていた   ゲストキュレーター、というと大げさですが、僕が六甲山国際写真祭の立場で誘いを受けた当の中国人キュレーターWang Xi氏も、すでに昨年から六甲山から誘った日本人のプログラムを仕切っていて、今後さらに関係を深めようとしているのが痛いほど伝わって来ます。彼らからみた現代の日本の写真家は未知のもの、新しい世代の中国人アーティストが日本や世界とつながることと同じように、世界でも通用するはずだと彼らは真剣に考えているのです。昨年は8月の写真祭後、直ちに日本人二人(AbeMoekoさん、NaohikoHoshinoさん)が現地に呼ばれプリントで展覧会が開催されました。要点は、コネクションを作ること、作品にコミュニケーション能力さえあればアートは世界共通の価値観のなかで交換可能なのであり、その点を確認できたことは大きな収穫でした。 話の内容をすべて書くことはできませんが、ハンガリー人の老アーティスト、アメリカ人アーティスト、WPPやNational Geographicの若き編集者たち、おなじみのAngkor Photo FestivalのFrançoise Callier氏などと一日中帯同し、様々な話を聞くことができました。それは写真祭であるとか写真の話にとどまらず、アートの行政だとか、教育だとか、誰かの噂話だとか、本当に写真や写真外に即興でめまぐるしく展開しながら、生きいきと面白い話ばかりが続きます。政治や経済、紛争戦争、難民問題、貧困、テロ、津波、宇宙開発、東アジアの困難、アメリカ大統領戦、神戸の震災、六甲のことなど、本当にさまざまな話題が途切れなく続くのです。中国人アーティストの作品もたくさん見ましたが、このクラスのイベントに参加するとなるとかなりユニークで強いものばかりです。どうやって選ぶのか、という問いに関しては、彼らはネットワークを駆使して膨大なリストを持っていて、世界中に展開する中国人アーティストや注目すべき海外アーティストの活動をつぶさに見ていることがうかがわれます。そして、多くがアートの世界から脱落するのか生き残るのかを時間をかけて見ているのだと思います。早く結果を出したいと願うのは、アーティストにとって世界共通の欲求だと思えるのですが、10年や20年プロジェクトが当たり前という悠久のシステムは、結局のところ良い教育を受け、良い技術トレーニングを受け、マーケットの洗礼を受けて残ったものだけが成功を手にするという当たり前の結果をもたらしているに過ぎないのです。もしうまくいかない場合は?という問いに関しては、"They all went back to work" つまり、夢をあきらめ現実に戻っていったのです。 実は昨夜、今回招待されているゲスト6名のうち3名の部屋で大変な漏水騒ぎがあり、今朝の話題はこの話から始まりました。真夜中の2時に水道管が破裂してその部屋が冠水したばかりでなく、階下の部屋にまで水が漏れだして大騒ぎだったらしいですが、僕の部屋は別のブロックだったため全く気がつかずに朝その話を聞いて驚きました。しかし、おそらく今回寝食を共にしたメンバーはこのことを決して忘れないと思います。 深圳を訪れ、六甲山国際写真祭主催者として何かを学んだかと問われたら、やはり世界は広く、写真は広大で、チャンスはあるが道のりは厳しいということ。日本と世界、という分けへだてる物言いは何に関しても言われすぎて辟易する昨今ですが、実際にこうして世界を見に出てこないことには世界で何が起こっているのかを見ることはできないわけで、日本の写真家たちが最近ものすごい勢いで増えている写真のレビューやWSなんかにあちこちお金をはたいて参加してみたところで、小さな窓を通じて世界につながった気分でいるということそのものはさほど意味がないのかもしれないと感じました。それらは与えられる情報であって、経験し獲得するものとは明らかに違います。六甲で圧倒されて衝撃を受ける衝撃が1だとすれば、海外に出かけて自分の目で体験し知ることの大きさはその数倍はあると思います。中国にはあちらこちらに写真祭があり、宿泊も渡航費もとても安い場所もあるので、一度訪れてみることを勧めます。中国に限った話ではないですね。アルルでも、パリでも、ペナン、シンガポール、アンコール、マレーシアどこの国に出かけても、学びの質や量は計り知れないくらい大きいはずです。  

写真祭を終えて

By | 8月 30th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, Organization, RAIEC|

2016年の六甲山国際写真祭がGallery TANTO TEMPOのMichel Huneaultの展覧会を残し、全日程を無事終えました。Gallery TANTO TEMPOの展覧会は9月25日までです。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。 六甲山国際写真祭の開催は今年で4年目です。2013年の初開催の準備不足の写真祭をご存知の方は、おそらく写真祭が進歩していることに驚かれたと思います。六甲山上の野外展覧会は集客の難しさから今年は実施せず、神戸市内に展覧会をあつめ、山上ではポートフォリオレビューと参加者向けワークショップのみを行うことにしました。山上ではポートフォリオレビューのほか、BBQなどのリクリエーションやナイトセッションというディスカッションを行い、コミュニティーのつながりに必要な議論を促すイベントを開催しました。28日にはオープンポートフォリオビューイングを開催し、思いがけない数の参加者があり、Lucky Photo Marketの抽選会もあり大変盛り上がりました。Lucky Photo Marketでは、メインゲストをはじめ協賛出版社・写真集ディストリビュータからもオリジナルプリント、プリントつき写真集を無償で提供いただくなど、羨ましくなるようなものばかりで、提供者本人がドローに登場して興奮に溢れた抽選会でした。おかげで、例年をはるかに超える資金獲得ができました。ウェブからチケットをご購入いただいた方にも作品が当たったのは良かったと思います。ご支援をいただいた方々に感謝申し上げます。 六甲山からは、参加者がそれぞれの思いを胸に世界中のイベントや展覧会、写真集出版の機会を得ていることは素直に喜ばしいことだと考えています。今年も、世界中からアーティストやレビュワーが参加され、準備のある程度整った写真家が多かったことから、レビューはそれぞれに成果があったと思います。国内のレビュワーも変更し、海外からも新しい新鮮なレビュワーを呼んだことから、具体的な成果が次々と報告されていて、かつてない規模で世界に羽ばたいていく可能性を秘めたレビューになりました。 六甲山国際写真祭がどのような場所か、おそらくは参加されたか関わった方にしかわからないわけですが、写真とはなにか?写真で何をやりたいのか?なんてことを真面目に話し合う場所に自然になってきているし、六甲山はやはり写真家に覚悟と準備を促す場なのかなと考えています。RAIECがやりたいことは、ある意味ゆるやかな写真をつかった社会変革です。アーティストサポートや教育が主ではあるけれども、その目指す先には写真を通じて社会に参加する姿勢を求めたり、プロジェクト自体を動かせる人をリクルーティングという観点もあるのです。そしてこれは、さまざまな分野で欧米やアジアから遅れをとるなかで、国内の写真の状況がかなり切実な状況だというところから導き出されています。なぜなら、写真界だけで見ても、こういったプラットフォームに運営側で参加したいと思うひとが現れない限り、純粋に写真関係者のみで国内発の世界に通用する枠組みをつくることはできないからです。海外の多くの写真イベント主催者は、もともとは皆写真家です。そういう人たちが写真家の事情を訴えて社会につなぐ活動をするからこそ、写真家や写真界がまとまることができるのです。 参加者みなさんの経験や作品を拝見していても、ほとんどの方が写真の専門教育を受けておらず、教育を受けていないことでスタートラインのはるか後方から走らなくてはならない状況にあります。もちろん日本にもいろいろな枠組みがあって、それぞれが役割を担ってはいるのですが、写真とは何か、写真で何を誰に伝えたいかという問いに立ち帰れる場所は実のところ一つもないと思います。無数の枠組みに知らず知らずに巻き込まれて、そのためにいつまでも写真にお金をつぎ込まざるをえないのです。写真を続けることはとても大切なことです。皆さんが懸けてきたことをあれこれ論評するつもりはありませんが、写真の続け方を知ることも大切だと思います。 世界中、また日本国内でもポートフォリオレビューが盛況な今、多くのレビューに世界中の写真家が参加してきます。また、ワークショップも写真賞もどこの国にもたくさんあり、写真家にとっては機会が増え喜ばしい限りなのですが、運営サイドからみているとそれらがどういう意図で形成されているのかを知るにつれ、やはり写真の世界を体系的に知っておかないと世界を渡り歩くことはできないと思います。 成果がありそうな人も、あまりいい評価が得られなかった人も、それぞれの評価で焦ることはないと思います。海外デビューなんていうのはプロセスのひとつであってゴールではないし、そこからもっと登っていきたいと願うことは悪いことではありませんが、実際に駆けあがれる素養と体力、度量、図々しさがある人はそんなにいないはずです。成果があるといっても、一度海外につながっただけではなんとも言えません。海外に出かけるだけでも、会話ができないようではふうふう疲れますし、その後はより厳しいスクリーニングにかけられ、今回の参加の何倍ものアイデア、体力、資金が必要となるでしょう。 そういったことを含めていくと、六甲山国際写真祭が果たすべき役割はとてもよく見えてきます。RAIECではこれからもワークショップを中心とした写真祭作りを目指していきます。今後もご支援をくださいますようお願いいたします。 最後に、今回の写真祭を一緒に作り上げてくれたRAIECスタッフ、ギャラリー関係者、参加者、レビュワー各位に深く感謝いたします。 RAIEC 杉山武毅 ※レビュワーから頂いた言葉を記しておきます。 写真・写真家について 世界でも通用する人は少なからず存在している 編集は過去2-3年よりずっと良くなっているし、ステートメントも的を得たものに改善されていて驚いている。準備会をやったようだが、着実に成果が出ている シリーズの枚数が多すぎる人が多かった。20-25枚でひとシリーズを区切るべきだ 2週間仕事、1日仕事が幾つかあった。長期的視点、社会的プロジェクトをもう少し見たかった 運営について おそろしく統率の取れた真心のこもった運営だった ロケーションが最高で、何度でも訪れたい 小さなフェスティバルでいけばいい ロケーションから考えるとワークショップ型の写真祭にしていくのがいいだろう 短い日程にイベントが多すぎ、トークも長すぎる。参加者が疲れている 疲れたが、充足感があった  

Festival Official Statement / 写真祭開催に寄せて

By | 8月 25th, 2016|2016, Eng, Experience, Mt.ROKKO, Organization, RAIEC|

When I started collecting photographs in 2006, I was just a collector not a photo person. I just wanted to stand beside art in my small territory. When I started a photo gallery in 2008, I had no idea how to deal with selling photos. I tried to learn from professionals, but most of them in Japan had no enough information that I needed. There were legendary photo galleries here in Japan, but it was not the way I really like to follow, they all looked like small pieces of pies for me. So I learnt how to proceed by a French artist. When I visited Arles for the first time, I felt everything was so over scaled than I expected and I got some sense of fear. I felt myself still in grass covered ground. So I started exploring photography. I visited [...]

準備会終了いよいよ本番へ

By | 7月 24th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, Organization, Portfolio Review, Support, Workshop|

先週末に始まった六甲山国際写真祭ポートフォリオレビュー参加写真家たちのための準備会は、今日で全日程を終えました。総勢28名、参加者総数の実に7割にせまる参加者数でした。参加された写真家の皆さん、ご苦労様でした。   準備会の意味は、六甲山国際写真祭の公式ブログにも掲載していますのでここでは書きませんが、やはり開催しておいてよかったと思います。日本のポートフォリオレビューの開催意義まで掘り下げるといろいろ問題点が浮き彫りになるわけですが、その最たる問題は写真家の不勉強と準備不足に尽きます。それはアート教育システムのなさ、歴史的写真の知らなさ、発表現場の緊張感のなさ、ワークショップの乱立、国内指導者層の意識の低さ、ばらつきの大きさ、マネタイズ主義のイベントの多さ、自分が参加する写真システムへの参加意識の低さなどに加えて、絵作りのレベルの低さ、テーマの弱さ、取材や掘り下げのなさ、流行りに弄ばれる意志の弱さなどもうどうしようもなく問題点だらけです。うわついた写真、薄っぺらで不十分なアートの装置、他者への心配りのなさ、取材のないドキュメンタリーとまで書くと、もうどうしようか、レビューなんてやめてしまおうかとさえ考えてしまうのですが、六甲山としては、欧米アジアの人やシステムとの違いは織り込み済み、蹴落としていくのがいいのか、拾い上げて教育するのがいいのかで考えた場合、はっきり後者だと言い切れるシステムを作り上げようとの意思表示をしたわけです。六甲には開かれた写真コミュニティーがあって、誰もが参加でき、努力次第ではチャンスがある、という主催者の写真祭開催意図は、参加者が汲み取ってこそ生きるわけで、参加者の皆さんは一層の努力をして準備に邁進してほしいと思います。   実際、参加者の皆さんの作品は事前審査を通過したものであっても皆が決して優れているというわけではありませんが、準備不足な人たちも編集次第、写真の構造の持ち方、ちょっとした軸を変えることで良くも悪くもなるわけで、その良い方向に整える努力を怠らなければ、決して悪い無意味と弾き飛ばす必要はなく、むしろ良い点にストーリーをフォーカスできるということも学んだと思います。もちろん、通過者の半数は何かしら可能性を秘めているし、真の表現者も少なからず参加しています。 一方で、写真で何を目指したいのか、という根本的な問いかけはずっと問い続ける必要があるな、というのが今回の準備会の印象です。皆さん、目標が漠然としているか、そこまでの欲求がないか、高望みをしているか、自分のレベルにフィットした目標がないこともわかりました。六甲山国際写真祭のレビュワーにはギャラリストは少数です。ほとんどが写真祭、キュレーションメディア、キュレーター、編集者、出版社です。そしてそれには読みと計算もあるわけです。現代の写真ポートフォリオレビューでは、ギャラリーの取り扱いに至るケースはほとんどないと思います。欧米でもグループ展などに取り上げられるケースはありますが、契約に至るような取り扱いを受けることはごく稀です。一方で、活況なのが写真祭、写真ブログやキュレーションメディア、出版社などです。これらは比較的プロジェクトになる可能性がありますし、それらは決して閉じてはいないので、人のつながりを生みます。オーディエンスも増えるので、結果的にどこかにストンと落ち着く可能性があります。また、いつも書くように、写真がいいという理由だけでプロジェクトになるのではなく、人と人のつながりからプロジェクトになるということを忘れないでいてほしいと思います。誠実にプロジェクトを作ってさえいれば、小さな始めたばかりでの作品でも良いプロジェクトに発展させることは可能なのです。 さあ、本番まであと少し。準備会に参加された方もされなかった方も、頑張って準備を進めてください。

萩原義弘さんの講義

By | 4月 15th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, RAIEC, Story, Workshop|

3331で開催された写真コミュニケーションワークショップでは、"SNOWY"で知られる萩原義弘さんに講義をしていただきました。これまで様々な写真家と知り合ってきましたが、写真のプロジェクトの話を伺ってこの人ほどプロジェクトの話ができる人はいないんじゃないかなと考えての依頼でした。それはヴィジュアルなアーティスティックな点と、社会的な視点、教育的な視点とをすべてを併せ持っていて、これからプロジェクトを作っていこうとする方達には大変参考になると思います。 写真はクラシック、モノクロのスクエア、ハッセルブラッドのノッチがわずかに見える正統派の写真です。ただ、そこにはプロジェクトのきっかけである1981年に発生した夕張炭鉱事件から始まり、炭鉱労働者の悲哀、町と人々との関わり、産業の衰退、産業そのものの構造的問題点など、様々な要素を含みながら発展していきます。新聞社の記者という視点も忘れることはできませんが、学生時代に写真を撮りに出かけたという夕張がいかに一人の写真家の人生を決定付けたか、というストーリーは、現代の写真のスタイルとは異なり、かなりストイックです。35年もの間、夕張を起点に発展的展開はあるにせよ一つの素材を追求していく姿勢はなかなかとれるものではありません。 写真を評価する側にいると、写真の掘り下げ方が足りない写真家が多いことに気づきます。良いプロジェクトというのは、主題をもつ音楽のように展開し、絡み合い、また主題に戻ってきます。そういうプロジェクトをレビューで見かけることはほとんどありません。これからの写真は、いわゆるビジュアルコミュニケーションという視点がかならず必要になってきます。それはその作品群を系統的に見せることによって、オーディエンスに社会への気づきをもたらし、オーディエンスが何らかのアクションを起こすということ意味するのですが、そのためにはテーマの掘り下げが必要なのです。 あまり知られていないことですが、萩原さんの写真は2013年には某仏最高級ファッションブランドの秋冬もののカタログに8ページにわたり掲載されるなど(その前号に掲載されたラルティーグなどと同列に!)、たゆまぬ努力の結果が着実に実を結んでいる写真家の一人と言えます。現在は日大の写真学科で講義をされており、参加者の写真の可能性について的確なアドバイスをしていただきました。 そんな裏話なども紹介されて、大変有意義な講義でした。  

写真コミュニケーションワークショップで起こったこと

By | 4月 10th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, Organization, Portfolio Review, Story, Workshop|

それは言ってみればMagicなのだと思います。 Magic-① 魔法。奇術。手品。「トランプの―が得意だ」② 不思議な力のある意で,多く他の外来語と複合して用いられる。③ マジック-ナンバーの略。④ マジック-インキの略。 とりとめのない作品を、手品をつかって何段も何段も上げていくのがこのワークショップの仕組みです。それは魔法と呼んでもいいし、奇術と呼んでもいい。とにかく、それは一旦は研ぎ澄まされ、解体され、余計なものを剥ぎ取られて、作家にとってもっとも使いたい言葉を含みながら美しい言葉に言語化されていく作業なのです。それが複製可能なヴィジュアルプロジェクトに命を吹き込んでいく現代のロジックなのです。 日本人の書くステートメントは、かなり問題があります。回りくどいか、意味不明か、そもそも文章ですらない。なので作品はどこにも、誰に対しても、自分自身に対してですら意味をなさない。もちろん、そこが明確化された萩原さんのような大人なプロフェッショナルは確かにいるだろう。しかし、僕が見るところの多くのプロジェクトは、実のところまだプロジェクトですらない。それは習作にすぎず、ただそこに意味もなく横たわっているだけなのです。それは、アイデアがあっても、アイデアを表に引き出しプロジェクトの根幹をなすべき筋の通った言葉が足りていないからだと思います。 と書くとかなり後ろ向きな、炎上しそうな考えなのかもしれませんが、そこに僕たちはMagicを使うのです。正確な、誠実なプロット、弱々しいことを逆手に取るレトリック。シナリオと絵コンテで映画を完成させていくような、場面場面をつなぐ糊のような形容詞、副詞、動詞をつかう。たったそれだけで、Magicは確かに完成するのです。 ではMagicはどこにある?今日、多くの人はMagicを目撃したと思う。   今日はまた、写真のバックヤードの話を野元さんがやってくれた。誰がアートを仕切っているか、というPower 100の話。そしてモチーフ、テーマの上にあるべき根源的な制作欲求、本質。そして、Powerに近づくために必要なつながり。 ではつながりはどこにある?今日、参加者は繋がりを通じてしかPowerに近づけないことを知ったと思う。パワーというのはすなわちお金であるし、より高い場所にある目標です。閉じたアートワールドで活動することで満足する人たちも確かにいるだろう。しかし、それはアートか?といつも自分自身に問いかけている必要があります。僕は違うと思う。アートは常に食指をたえず上にうえに伸ばして勝ち取るべきものなのです。その行動をとったものがアーティストなのです。              

Mei House WS アフターリポート/ 田中 ゆき

By | 3月 5th, 2016|2016, Experience, Mei House, Mt.ROKKO, Workshop|

Mei House WSにこの度講演者としてお招きいただきました、Getty Images Japan報道担当の編集者田中ゆきです。 Mei House WSではいわゆる美術写真だけではなく、ストーリーを伝えるための写真、にフォーカスをおかれていらしゃるのがとても興味深いと思います。わたしの仕事は、『報道写真』―わかりやすく言うと『ニュースやストーリーを多くの人に伝えるための写真』―を作ることなのですが、このような分野について、もっとたくさんの人と気軽に話し合える機会があればな、と常々思っていましたので、このような貴重な機会をいただき大変光栄でした。   私のプレゼンでは、1)自己紹介 2)どのようにストーリーを探すか 3)私が関わった日本で撮影された報道写真の例 をお話しさせていただきました。   1) 日本国内ではフォトエディター(写真編集者)という職業はあまりなじみがないかと思いましたので、どんな経緯でこの仕事についたのか、どのような仕事をしているのか、を自己紹介を兼ねてご紹介させていただきました。ライターとカメラマンがそれぞれ別のスキルを持っているように、編集者にも文字の編集をするエディター、写真を編集するフォトエディターと住み分けがされている場合があります。 私は米国の大学でジャーナリズムやメディアを学び、その後フォトグラファーやフォトエディター・広報などとして仕事をした後、今のポジションにつきました。仕事の内容は、主には日本・韓国でのニュース・エンターテイメント・スポーツの取材の企画やカメラマンの手配をしています。   2) どのようにストーリー・テーマを探すか、ですが私の場合は、世界中のメディアのために報道写真を作っていますので、世界で注目されているトピックについて日本・韓国ではどのような取材ができるか、日本・韓国で起きている出来事が世界では興味をもたれる要素があるか否か、について考えながら何を取材するかを決定します。そしてトピックが決まったらそれが写真で上手に伝えられる内容かを考えます。 そしてそのトピックはどのようなスタイルの写真なら多くの人の心を動かす事ができるか、をフォトグラファーと一緒に考えながら、ストーリーに仕上げていきます。   3)昨年10月まで一緒に日本で勤務していたフォトグラファーChris McGrath氏が撮影した長良川の鵜飼、横須賀の高等工科学校の取材をご紹介しました。   さて最後に全体的な感想ですが、まずロケーション、六甲山の山の中のステキなコテージ Mei House、これがなんといっても最高でした。冬のぴりっとした空気の中、きらめく神戸の夜景を見ながら、暖炉の火にあたって、ほっこりといろいろな国からきた同じことに興味をもっている同士たちと写真や写真以外のことについて英語や日本語であれこれ話す…なんて贅沢かつ生産性のある時間… Amber Terranova氏、Michel Huneault氏のプレゼンをみて共通して感じたのは、プロジェクトの進め方が流動的であること(テーマも発信目的も共に個人→社会と発展する点)やマルチメディア(映像や音)の一部としての写真という要素が強いこと、ストーリーをより多くの人に、よりインパクトのある形で伝えるためには、もっと自由に可能性を探ることができるのだなー、とてもワクワクした気持ちになりました。 InstagramやiPhoneのおかげで、写真というと、芸術、美術ではなく、個人のストーリーを伝えるためのツールとしてかなり定着しましたが、これからもっと写真や映像などで社会をよりよく変えるようなストーリーを伝えたい、と思う人が増えるといいな、と思いました。 Mei House WSはそのような人にぴったりのワークショップではないでしょうか。    

展覧会「境界線を越えて」大阪ニコンサロンにて/後編

By | 2月 16th, 2016|2016, Experience, NEWS, Story|

前編/http://rokkophotofestival.com/blog/?p=12533 石井さんの作品について 杉山:石井さんの作品は、言うまでもなく日常的に町や町の人々に混じって鹿が闊歩する光景を収めた写真です。犬や猫であれば生活の中に馴染む見慣れた風景も、石井さんにとっては驚くべき光景だったということが撮影を始めたきっかけだったのです。普段であればあまり意識しない「鹿」という存在が、写真の中では生き生きととらえられていて、私たちにとっての鹿と町、人々との思わぬ関わりを知らせてくれる非常に見応えのある写真シリーズに仕上がってきたわけです。 そのことを知ったのは、2013年に初開催した六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加された時でした。それまでも、またそこからさらに努力を重ねて写真を撮影し続け、現在の展覧会につながってきたわけです。       写真は基本的にドキュメンタリー、ジャーナリズムの手法を取っていて、感情的な要素、あるいは恣意的なアートの要素を可能な限り排除していることがわかります。目の前で繰り広げられる鹿の様子を正直に、端的に見せることの方が、アートのような要素を加えるより、鹿と町、人々とのつながりの実態をうまく伝えられると考えたからにほからないないでしょう。また、ジャーナリズムの手法でもっとも大切なことは、情報の正確さ、幅を得るために、現場にもどって撮影を続けることです。石井さんは、雨の日も、風の日も、暑い日も寒い日も、時間があれば泊りがけで奈良公園やその周辺に取材し、本当に膨大な量の鹿の生態の記録を取り続けてきました。 その後、何度かお目にかかるうちに、その努力の結果が次第に明らかになってきました。作品は、奈良や宮島での生態だけではなく、シビエ食や、いわゆる鹿害といわれるものへと拡張されていったのです。こうやって、石井さんは自他共に、また名実ともに「鹿写真家」を名乗るようになりました。もはや日本で鹿を撮らせたら右に出るものはいないことは間違いがないことです。そしてその努力は色々な方面で認められつつあります。まず、一昨年2014年に六甲山国際写真祭のレビューワーとして招いたアンコール・フォト・フェスティバルのフランソーワーズ・キャリエ女史に認められ、その年の12月、カンボジアでスライドショー作家に選抜されました。また、しかしか写真集出版、ニコンサロンでの展覧会と、次第にその活動が認められてきています。   石井:まず、「鹿写真家」として認知していただくことが大事だと思いました。アートなのかドキュメンタリーなのか悩んだ時期もありましたが、ファインアートではないけれど、人に影響を与えることはアートじゃないか?と思いました。 今回、仲よくさせていただいている土産物店(よく鹿が遊びにくる物産店)の方に写真集をお見せしたのですが、もう見かけなくなってしまった鹿たちが写真集に入っていることをとても喜んでくれ、涙してくれました。記録するということも大事だなと思いました。 石井:今回の展覧会は、奈良、宮島で鹿が街の中を歩いているシリーズでしたが、今後、神の使いとして神社、仏閣に入り込んでいる鹿のシリーズや北海道、九州の鹿、また、人間の都合で害獣として駆除されている鹿についてもまとめたいと思っています。   この展覧会を通じて今後六甲山国際写真祭に参加を検討している人たちへ一言 石井:六甲では海外からとてもレベルの高いレビューワーや写真家が参加する、まさに国際的な写真祭です。また、20分間しか会話の機会がない一般的なポートフォリオレビューとは違い、3日間、寝食を共にして写真のことを熱く語り合うことで、切磋琢磨しあえる作家仲間もできます。まさに、これが写真のコミュニティなんだと思います。私自身にとってもとても大切な場所なので、このコミュニティを守り、さらに発展させていくために私たち作家たちも一緒に貢献していくのが大切だと思いますし、それもまた楽しくやりがいのあることだと思います。   インタビュー/ 尾崎 ゆり 記録写真/  松井 泰憲 投稿者/ オカモト ヨシ    

展覧会「境界線を越えて」大阪ニコンサロンにて/前編

By | 2月 12th, 2016|2016, Experience, NEWS, Story|

第1回、第3回と六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加された石井陽子さんの展覧会「境界線を越えて」が銀座ニコンサロンと大阪ニコンサロンで開催されました。   大阪ニコンサロンに踏み込むと、たくさんの鹿の情景。これだけの力作を展示するとなると大変なご苦労と時間と努力(コストも)があっただろうなぁととても感銘しました。 奈良と宮島の鹿の展示でしたが、奈良の写真は鹿たちが夜眠る森から春日大社への朝の出勤風景だという話や宮島の写真は海に鹿がいるという情景の面白さと、宮島の鹿は夜も活動しているので不良の鹿が撮れるという面白いお話がありました。また、鹿を撮る際の苦労話や杉山氏をはじめ、いろいろな出会い、今後の事など、石井陽子さんとディレクターの杉山氏とのトークショーをレポートいたします。   なぜ「鹿」? 石井: 2012年3月に仕事で奈良に出張しました。せっかくなので、朝早く写真を撮りにいったら、道路の真ん中に鹿のカップルがいて、人がいなくなった廃墟に鹿がいるというようなイメージが見えた気がして鹿を撮り始めました。 。その頃は震災の後で世の中が暗く、御苗場で出展したときも福島のはぐれ牛と重ねて見る方が多かったです。普通の街の風景と違う風景が見えるのがとても魅力的でした。   杉山さんとの出会いと今回のトークショーへの心境 杉山:「鹿写真家」として認知され、自費出版ではなく企画物としてリトルモアから写真集「しかしか」を出版し、今回ニコンサロンでの展覧展となったことを非常に喜んでいます。 石井さんと初めてお会いしたのは2012年9月23日に三鷹で開催された小さな写真イベントでレビューをした時にお目にかかったことがきっかけだったと記憶しています。 その頃、ギャラリーとしてアート写真を主に取り上げていた関係もあって、石井さんの作品に関してあまり興味を持てず、いい評価を伝えることができなかったのをよく憶えています。   石井: その時お見せしたのは、奈良の鹿とインドネシアのバリ島で撮った鹿の写真でしたが、まったく興味を持っていただけなくてがっかりしたことをよく覚えています。 2 度目にお会いしたのは2013年8月1日に渋谷で開催されたフォトラウンジの時です。杉山さんはその年の11月に開催することになっていた第1回の六甲山国際写真祭の紹介をプレゼンされて、私は奈良と宮島の鹿のシリーズをプレゼンしました。この時に、六甲のポートフォリオレビューの事前審査を受けてみたら?と杉山さんに勧められて、「あ、少し鹿プロジェクトを認めてくれたのかも」とすごく嬉しく思いました。審査に通って、2013年11月に第1回の六甲で写真合宿ともいうべき濃密な時間を過ごしてからは、杉山さんは私の中で最も大切な評価者の一人になっています。   杉山: 彼女の活動はFacebook等でずっと見ていました。会っていない間にも、ものすごい量の写真と撮ってきて、奈良へ撮影に来るたびに神戸のTANTO TEMPOにも来てくれました。「鹿」という概念が覆され、いいシリーズになるんじゃないか?と思い、六甲国際写真祭への参加を託しました。彼女が目指しているものが見えるようになりました。   石井: 杉山さんには、作家として真摯に作品作りをしていないとすぐに見抜かれてしまうので、いつも緊張していますし、それだけに認めてもらった時の喜びはすごく大きいです。なので、今回、トークショーへの出演を受けていただいたのはとても光栄で、格別の嬉しさがあります。 今にして思うと、初対面の後で「あ、この人は私の作品に興味ないんだ」って決めつけて、その後話しかけなかったら、今の自分はこうしていないわけで、縁をはぐくんでいくのが大事なんだなって思います。   六甲山国際写真祭から展示・出版までの道のり 石井: 鹿シリーズは、海外での評価のほうが早かったんです。第1回の六甲国際写真祭でお会いしたイトウツヨシさんが主宰するオンワード・コンペに応募してファイナリストになったのが2014年2月で、同じく2014年の4月に開催された六甲の東京サテライトイベントの展示で後藤由美さんに出会ってマレーシアのオブスキュラ・フェスティバル・オブ・フォトグラフィーでの展示の機会をいただき、2014年8月の2 年目の六甲で出会ったフランソワーズ・キャリエさんのセレクトで同年12 月にアンコール・フォトフェスティバルでスライドショー上映していただきました。このころから、Lens Culture やFeature Shoot、Wired.com、The Independent など海外のWEB サイトや新聞に連鎖反応的に紹介されるようになりました。 昨年1月から3月にかけて開催されたタカザワケンジさんの「ゼロから作る写真集づくり」というワークショップでポートフォリオを組んだのですが、この講座が終わる時にタカザワさんから、「じゃ、これを持ってリトルモアに行ってみましょうか」とご紹介いただいて、写真集の出版が決まりました。せっかく本が出るのだから、出版のタイミングでどこかで展示ができたらいいなと思って、ニコンサロンに応募したところ、審査に通って初個展を開催できることになりました。     インタビュー/ 尾崎 ゆり 記録写真/  松井 泰憲   投稿者/ オカモト ヨシ

『六甲山国際写真祭のレビュアーとして感じた事』- タカザワケンジ

By | 1月 17th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, Portfolio Review|

六甲山国際写真祭2015にレビュアーとして参加してくださったタカザワケンジさんにお話を伺ってきました。   タカザワケンジさんは、1968年前橋市生まれ。91年早稲田大学第一文学部卒。 表現としての写真の可能性に関心を抱いて、写真作品とそれをめぐる状況についてリサーチを続けており、写真評論、写真家インタビューを雑誌に寄稿。 リサーチの一環として、写真集の編集も手掛けています。『Study of PHOTO 名作が生まれるとき』(ビー・エヌ・エヌ新社)日本語版監修、渡辺兼人写真集『既視の街』(東京綜合写真専門学校{AG GALLERY)の構成と解説を担当。東京造形大学非常勤講師を務めるなど写真教育にも精力的に取り組んでいます。   タカザワケンジさんと六甲山国際写真祭との関わり 六甲山国際写真祭のことは以前から聞いたことがあり、興味は持っていました。2014年11月にフランスで開催されたPHOTO OFF PARIS でRAIECのディレクターでギャラリーTanto Tempoのディレクターでもある杉山武毅さんと出会っていろいろ話をさせていただいたのが縁で、レビュアーに呼んでいただきました。   Q1:  今までの六甲の全体的印象はいかがでしたか? A:まず、六甲、神戸というロケーションがいいですね。海があって山があって、写真展巡りをしながら街を歩けるのがいいなと思いました。いい意味でこじんまりしていて、展示も屋内だけでなく屋外でも開催されていてバラエティ感がありました。   運営している方たちの顔が見えてフレンドリーなのも好感が持てます。それでいて、海外のレビュアーや写真家も参加していて、国際性があるのがすごくユニークですね。   自治体が運営していたり、東京で開催されていたりするイベントだと、構えが大きくなる分、形式的なことにとらわれがちになりますが、六甲は人間同士の交流の場としてすごくいいなと思いました。     Q2: 六甲に参加した日本人写真家についてどう思いましたか? A:レビューでお会いした日本人写真家について言うと、作品のレベルにはばらつきがありました。作家としての意識ができている人もいれば、撮れてしまった写真を抱えてどうしようかと思っている人も、写真は趣味なのかなという印象の人もいました。そういう意味では、六甲をどういう場にしていくのかというのはこれから問われていくと思います。 とはいえ、海外のレビュアーも多く参加するイベントで作品を見せようとするだけあって、皆さん、ステートメントを書いてきたり、準備はすごくしてきているなという印象を抱きました。     Q3: 六甲に参加した外国人写真家と日本人写真家との間で違いはありましたか? A:外国人の写真家でお会いしたのは展示作家の方々ですが、国際的なトレンドを意識している人が多いですね。職業的アーティストとして自分はこうするというのが明快なのが印象的でした。作家性のブランディングがはっきりしています。 これに比べると日本人はいい意味でも悪い意味でもアマチュア的な方が多いと思います。日本にはアートで食べられなくてもいいという風潮があったりしますが、海外で作家としてやっている人は覚悟を決めてやっています。     Q4: 日本の写真家にとって足りないところで気が付いた点はありますか? A:写真作品と言葉の関係がまだまだできていない人が多いですね。ステートメントで、写真に写っていないものを言葉で説明されても困ってしまうんです。写真を言葉で補強するのではなくて、作品をちゃんと説明できれば面白くなります。 いい写真作品は必ず複数の読み方ができます。ステートメントでは作者が写真の中に何を読み取っているのかを提示してほしいです。写真作品と言葉の関係はなかなか難しいですが、作品化するには、自分の写真に何が写っているか、それが他の人にはどう見えるのか、何が読み取れるのかを考えるのが大切です。「自分はこういうつもりで撮った」ということが人にはそう見えないということがあるので。   そういう意味では、レビューなどの機会に人に見せることによって足りないものを考えるきっかけを得たり、「わかるよね」では済まない外国の人に作品を説明することは、意義があると思います。     告知など 神保町の「The White」で「 Osamu Kanemura's New Work? 」という展示を行います。これは同会場で2015年6月23日から7月4日に開催された金村修さんの「 System Crash for Hi-Fi 」展の複写と、金村さんの写真集および金村作品と関連性のある写真集の複写で構成される展示です。会期中の1月16日(土)19:00には、関連イベントとして「写真とアプロプリエーション(盗用芸術)」というレクチャーを行います。16日が満席のため23日(土)19:00より追加レクチャーを行います。 企画展 タカザワケンジ「 Osamu Kanemura's New Work? 」 2016年1月12日(火) 〜 1月23日(土) 13:00〜19:00 会期中無休 レクチャー 「写真とアプロプリエーション(盗用芸術)」 日時:       2016年1月23日(土)19:00~20:30 受講料:1,000円 定員:       20名 [...]