2016年のMt.ROKKO INTERNATIONAL PHOTO FESTIVALポートフォリオレビューの事前審査が終わりました。すでに結果は各方面に連絡済みです。

今年は通過者38名となりました。正直に申し上げれば、通過者と次点(補欠)、また通過されなかった方々の違いはさほどありません。どうしてもこのようなイベントの予備選考というものは難しくならざるをえませんが、それは集計点数のわずかな違い、当落線上の1点2点のなかに数名の参加者が集中し、最後は主催者判断が必要となることなのですが、いずれにせよ結果は出ました。

今年は、それでも六甲山国際写真祭の役割というか、この写真祭に参加することで世界中につながりを作りたいという思いが強い方が集まってくださったと思います。上位6名程度は、海外でも十分に活躍できる力量があると考えられますし、作品を作っていく上での覚悟が見えたり、アイデアが豊かに見えたり、より大きなオーディエンスを意識した作品作りをされていたと思います。一方で、やはり作品作りが習作の域を出ず、作り込みが不十分であったり、ストーリーがなく独りよがりだったり、強い美を追求したり力強いテーマを描けずに苦戦する方も多かったと思います。今年から従来の審査基準に加えて、将来性、というキーワードにより多くの点数を含めたことも採点に大きく反映されました。今はさほど強い作品でなくても、将来に可能性を感じさせる作品や、実験的ではあるけど可能性を探ろうとしている作品がいくつか審査を潜り抜けています。

皆さんの経歴を見ていると、なるほど様々なイベントやレビュー、出版物を経過して来られている方も多いのですが、アートや写真の歴史や構造を意識しつつ、どのように自作をアピールするかという点で弱かったり、ステートメントと作品の間に乖離があったり、ステートメントで語りすぎているのに作品が弱かったりと、イメージ自体はさほど悪くないのに得点が伸びないか減点されているというケースが多々見られました。自学されて活動をされている方が多く、専門的な教育を受けていないということも確かにありますが、おそらく写真を作る動機、誰に見せたいのか、どういう人たちと付き合いながらどう世界につながっていくのか、というアイデア勝負となると、国内では通用してきた経験者でも、世界レベルから評価すると圧倒的に経験値が足りないことがよくわかります。正直に言えば、上位10名がなんとかそういう領域には達していますが、それより下位の皆さんはほとんど一並び、そういう意識は見えない方が多いように感じました。また、繰り返し参加されている方も申し込み者全体の20%に及びますが、明らかな新作を提示して来られた方や掘り下げ方を変えて来られた方が通過しています。再挑戦はプロジェクトによほどの発展がないと辛口評価になってしまいがちです。

イメージとしては美しい作品を作っていても、ストーリーが描ききれてないか、複雑な説明を置いたり、言葉を重視しすぎたステートメントが重荷になって評価を下げた作家もいました。通過者の中にもステートメントに問題があるか理解できないものが若干含まれているため、本番を前に作品を整理しなおす場面も必要かもしれません。これは希望があれば準備会のようなセッションを持てればいいなと考えています。また、写真家のウェブページについても、簡潔で十分な情報があり、美的な要素が感じられるサイトを作っておられる方もいますが、そもそもサイトを持っていなかったり、作り直したほうがいいサイトも多数あります。国際写真祭のポートフォリオレビューですので、この辺りも個別に準備を促していきたいと思います。

通過者全体でいうと、地域や家族を取り上げたパーソナルワークが30%、社会のありさまに視点を投げかけるプロジェクトが30%、コンセプチュアルアート20%、ドキュメント20%というような内訳です。風景が全体の20%、ポートレイトが30%、静物が20%で、残りはスナップほか分類不能な作品となります。ただし、これは大まかな印象でこれから少しまじめに集計してみようと思います。

残念ながら通過を果たせなかった写真家、作品についても、僕としては将来性のある作家や作品は何らかの形で取り上げていこうと考えています。がっかりされている方もいらっしゃると思いますが、がっかりしている暇があったら作品をより良いものにする努力を払うべきです。落選するにはそれなりの理由があるはずで、その理由を自分なりに分析する冷静さが必要だと思います。また、実際に六甲山国際写真祭に限らず世界的な写真の枠組みでおこっていることを理解すること、世界という視野の中で表現を磨くために必要な努力については、リサーチが必要なのは言うまでもありません。これまでに参加されて活躍の場を自分でこじ開けてきた先人達のコメントを読んでそれらの作品が評価を得られる理由を考えてみたり、六甲山国際写真祭が写真教育、社会への理解を深めるために写真というメディアを用いている写真祭であることなど、写真祭の開催理念も包括的に理解した上で参加すべきだと感じられました。これにはRAIECのワークショップ、東京展などに足を運んでいただいて体験するのが早道です。六甲山国際写真祭は、写真家育成機関を謳ったことは一度もありませんし、写真家だけが参加してくる閉じたイベントではありません。むしろ私たちが向き合おうとしているのは一般社会の人々です。開催理念として描いているのはあくまでも写真を通じて人生、暮らし、社会への作家の視線や機微を掘り起こすことであり、写真家自身がメディウムであることを自覚して活動し、この途方もなく大きな写真空間を自在に行き交いながら新しい表現を用いて世界的な視野に立つことを目指せるようただ舞台を用意しているにすぎません。そのことを理解していただき、これからもそれぞれの皆さんが写真の高みを目指して活動していただきたいと願っています。