Angkor Photo Festival

By | 12月 13th, 2015|2015, Mt.ROKKO, Organization, Portfolio Review, Slideshow, Workshop|

11th Angkor Photo Festivalが終わりました。僕はポートフォリオレビューにレビュワーとして参加し、2日間で14名以上の写真家のレビューをしました。僕自身Angkor Photo Festivalに参加するのは2011年以降4回目。毎年子供たちの自立支援プログラムを支援したり、新しい写真専門家や写真家に会って写真の現在を学んでいるわけですが、ある意味Mt.ROKKO INTERNATIONAL PHOTO FESTIVALなどのプログラムにプロジェクトを呼び込むネタにはこと欠きません。今年も例年にもれず美しい写真に出会ったし、このフェスティバルがアジアを代表する強い写真のフィールドだと改めて感じたりしています。Antoine d'Agata氏やSohrab氏などのマグナム組、それ以外にもKosukeOkahara氏など強力なワークショップのTutor陣に引き寄せられて、アジアのみならず欧米からも数多くの写真家が訪れているのも特徴です。 レビュー参加者の一人 アジアからは、マレーシア、シンガポール、台湾、タイ、中国、韓国からたくさんの写真家がワークショップを訪れていました。今年のショーケースは中国、台湾の写真家が招待されていたほか、カンボジアの写真家でこのワークショップ出身のレミッサ・マク氏の素晴らしい作品がフェスティバルセンターに置かれていました。連日のプロジェクションでは世界中のジャーナリズムの中からコーディネーターであるFrançoise Callier氏のセレクションでスライドショーが繰り広げられました。これは六甲山国際写真祭でも取り入れているプロジェクションですが、膨大な写真家データベースを駆使し、周到な準備、完璧で流れる波のような抑揚のあるショーで、本当に素晴らしいの一言。世界的な諸問題、戦争、紛争、格差、差別、人権、環境、暮らし、発見などあらゆる問題をフィーチャーしていて、羨ましい限りでした。 ポートフォリオレビュー会場 日本人は残念ながら六甲山からは八木玲子さんが出版ワークショップに、林典子さんと渡邉博史氏がプロジェクションに誘われたのみで、六甲山国際写真祭参加者の2名の写真家がポートフォリオレビューなどに自主参加するのみでした。写真のストーリーの描き方、モチーフを組み立てる作業、編集、技術にいたるまで、あらゆる写真の要素について、本当に豊かなヒントを得られるこういったフェスティバルに日本から自主参加する人が少ないのは、ある意味日本の世相やコミュニケーション能力をそのまま表していると思います。同じアジアの国々から活発にチャンスをうかがって参加する写真家が多いのとは対照的で、色々考えさせられます。アジアの写真家たちがこのフェスティバルを目指してやってくるのは、いろいろインタビューしてきましたが、やはり写真のテーマや表現へのヒントが得られるからで、多くの若い世代の写真家はそれぞれのネットワークでこの写真祭の素晴らしさについて語り合っていると言います。写真の活動が少なくても何とか上達し世界に羽ばたきたいと願うアジアの写真家にとって、こういった写真祭はアイデアの宝庫です。たった1週間滞在するだけで写真表現の根本が変わるくらいこの写真祭のワークショップやプロジェクションのインパクトは強烈なのですが、全体的に見てみると日本では活発に動いている日本人写真家や専門家たちがそのことに気がつき世界に学びを得るために動きだすのにはもう少し時間が掛かるのかもしれません。 Zalmai氏のプロジェクション(2014年六甲山国際写真祭メインゲスト) 写真の美的な要素とともに、世界的な諸問題、戦争、紛争、格差、虐待、差別、人権、環境、暮らし、発見などの問題は人類共通の話題です。すぐれた写真家の要件があるとすれば、こういったテーマにどれだけ寄り添えるのかという一言に尽きるわけで、現代社会においてはジャーナリズムに限らずアートの分野でも避けて通れないのが現実です。そういうテーマが欠け落ちても写真活動そのものが成り立ってしまう国は日本の他にはない、というのが海外から見て取れる日本の写真の共通認識になりつつあるのがとても残念に思えました。こういったイベントに限らず写真家データベースに載るための努力を誰がしているかというと、残念ながら日本の写真コミュニティーは何もしていないのが現実です。もっとも、写真のメインストリームに立てる人は海外であってもごく一部です。それぞれの人がそれぞれの立場で、たとえ小さなストーリーでも誠実に写真を撮り続けること。そして他者が見て何かしらメッセージが含まれる作品を作りたいのであればそれがどういうものであるべきなのか、写真家を名乗り表現を続けたいのであれば考え続ける必要があるわけで、日本の写真家の中には小さなきっかけで世界に渡れる実力のある人たちも確かに少なからずいます。短い滞在でしたが、きっかけを作るという意味で六甲山国際写真祭を含めた写真をサポートする立場としての僕自身のミッションにも大きな気づきのある滞在でした。