写真コミュニケーションワークショップで起こったこと

By | 4月 10th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, Organization, Portfolio Review, Story, Workshop|

それは言ってみればMagicなのだと思います。 Magic-① 魔法。奇術。手品。「トランプの―が得意だ」② 不思議な力のある意で,多く他の外来語と複合して用いられる。③ マジック-ナンバーの略。④ マジック-インキの略。 とりとめのない作品を、手品をつかって何段も何段も上げていくのがこのワークショップの仕組みです。それは魔法と呼んでもいいし、奇術と呼んでもいい。とにかく、それは一旦は研ぎ澄まされ、解体され、余計なものを剥ぎ取られて、作家にとってもっとも使いたい言葉を含みながら美しい言葉に言語化されていく作業なのです。それが複製可能なヴィジュアルプロジェクトに命を吹き込んでいく現代のロジックなのです。 日本人の書くステートメントは、かなり問題があります。回りくどいか、意味不明か、そもそも文章ですらない。なので作品はどこにも、誰に対しても、自分自身に対してですら意味をなさない。もちろん、そこが明確化された萩原さんのような大人なプロフェッショナルは確かにいるだろう。しかし、僕が見るところの多くのプロジェクトは、実のところまだプロジェクトですらない。それは習作にすぎず、ただそこに意味もなく横たわっているだけなのです。それは、アイデアがあっても、アイデアを表に引き出しプロジェクトの根幹をなすべき筋の通った言葉が足りていないからだと思います。 と書くとかなり後ろ向きな、炎上しそうな考えなのかもしれませんが、そこに僕たちはMagicを使うのです。正確な、誠実なプロット、弱々しいことを逆手に取るレトリック。シナリオと絵コンテで映画を完成させていくような、場面場面をつなぐ糊のような形容詞、副詞、動詞をつかう。たったそれだけで、Magicは確かに完成するのです。 ではMagicはどこにある?今日、多くの人はMagicを目撃したと思う。   今日はまた、写真のバックヤードの話を野元さんがやってくれた。誰がアートを仕切っているか、というPower 100の話。そしてモチーフ、テーマの上にあるべき根源的な制作欲求、本質。そして、Powerに近づくために必要なつながり。 ではつながりはどこにある?今日、参加者は繋がりを通じてしかPowerに近づけないことを知ったと思う。パワーというのはすなわちお金であるし、より高い場所にある目標です。閉じたアートワールドで活動することで満足する人たちも確かにいるだろう。しかし、それはアートか?といつも自分自身に問いかけている必要があります。僕は違うと思う。アートは常に食指をたえず上にうえに伸ばして勝ち取るべきものなのです。その行動をとったものがアーティストなのです。