Shenzhen International Urban Image Festivalに来ています

By | 9月 24th, 2016|2016, Experience, NEWS, Photography, Story|

表題のイメージフェスティバルに参加するために中国深圳に来ています。今回は5名の日本人写真家を紹介するプロジェクトに呼ばれているのですが、今日からスタートし、約1ヶ月続くこのフェスティバルの一部を紹介しようと思います。 深圳は香港のすぐ北側、本土に面して展開する巨大な都市です。深圳は30年ほどの間に恐ろしいスピードと規模で発展した都市とのことで、現時点で世界で最も裕福な都市との表現があるくらい、科学技術を始めとする中国の基幹産業をてこに、中国政府が膨大な資金を投入して作り上げた1200万の人々を抱える近代都市といえる場所です。空には摩天楼がそびえ、道路という道路はとてつもなく広く、公園や街路樹も美しく整備されていて、そこに欧米日本車などの高級車が溢れかえっているメトロポリスです。当然のように豊かな財政と新しい中国の都市生活のスタイルが発展し、アート産業も極めて高いレベルで発展しています。写真に関するものだけでも4つの写真祭を抱え、中国全土のアートマーケットの一翼を担っており、活発な中国の人々の購買欲や、新しいおしゃれな都市の暮らしを満たす消費財として、またコレクターの育成に成功した強大なギャラリーシステムを抱え、国際社会の中国経済への動向への不安とはかけ離れて、ここ深圳ではアートは未だ本格的で健在です。つまり、産官学が一体となってアートというある種の産業を都市構造に埋め込むことに成功している羨むべき構造があるのです。実際、このフェスティバルもその他の写真祭も、主には中央政府や地方政府の資金提供を受けながら発展しているアート祭で、40にも至らない若いキュレーターたちがよどみない語学力をもちいてわんさかプログラムを作っていて、驚くばかりです。僕たちもほぼ中国の国費(あるいは地方政府の資金)で招かれており、食事宿泊渡航費のほぼ全てが運営委員会もち。彼らはタクシーから何もかもネット上で予約し、こちらは一切のストレスを受けないでおまかせとなっています。緊縮予算とだらしない政策、似たり寄ったりのプロジェクトに終始し、どうやっても資金が集まらない我が国のアートプログラムとは異なり、都市とアート、アートと人々、人々と暮らしなどと言ったフレーズなど使わずとも、誰もが良質のアートに触れその恩恵に触れることができるように教育システムが存在し、アートシステムがあり、都市が作られていて、羨ましい限りです。 まだ都市が形成されていない頃の倉庫街をアート特区として整備している深圳OCT地区 もちろん、写真祭自体は新しく、ディレクターも若く、ホームページもなくあちらこちらにほころびもあるのですが、World Press PhotoやMagnum、National Geographic Beijingの若い編集者やアーティストたちがこれから1ヶ月の間、次々とこの地を訪れて写真の祭典を繰り広げるとなると期待せざるをえません。 そんな中国の写真シーンですが、やはりキーとなったのは大きくわけて日本とヨーロッパからの影響だといいます。1990年代には森山大道やアラーキーがこの国の写真家たちに強い影響を与え、その後の中国の写真家たちの道しるべになったといいます。高度成長からはじまった国威の発揚に伴って、より大きなマーケット、アートの中心地であるヨーロッパにでかけていって多くを学んだ写真家のグループもあるとのことです。現在の中国と日本は、政治地政学的にかつていないほどに物々しい状況を生み出してはいるけれど、本質的には東アジアの価値観を共有しているはずで、その点については出会った誰もが日本に対して一目置いているのは面白い発見でした。 日本でもおなじみのMu Ge氏の写真展準備作業。ここは中国最大手の美術出版社のギャラリー。複数階に渡っていくつものギャラリーが連なる。準備をしているのは、なんとアート専門の搬入展示会社のスタッフ。そういう職業があることに驚く。僕が知らなかっただけか   OCTの内部。街ひとブロック全体がギャラリー、カフェ、美術学校などで作られている   ハンガリー人メディアアーティストIstvan Horkay氏のオープニングレセプション。彼の作品はナチズムを取り上げた作品。古い写真をモチーフにして、ドローイングを加えた手数の多い作品。ビデオインスタレーションも素晴らしかった。なんと別作品ではあったけど、サイン入り作品をいただいた。この会場は学校のような施設で、若き中国人アーティストが初キュレーションに挑んだとか。彼はとても誇らしげでいい顔をしていた   WORLD PRESS PHOTOのインスタレーションは、宇宙で暮らす飛行士たちの私生活を、家族と飛行士たちのプラーベートな通信から明らかにする宇宙的スケールの作品。アメリカ人家族とロシア人家族が描かれていて、宇宙開発や文化思想の違いまでが宇宙規模で描かれていた。これはマルチメディア部門コンペで入賞した作品らしい。一番左がキュレーターのポール。本部アムステルダムで活動するWPPの展覧会部門シニアスタッフ   倉庫はとんでもない大きさ。写っている倍以上の面積がある。国内で平面積でこの大きさを探すのは難しいだろう。プロジェクションのために会場で使われる高出力プロジェクターはすべてレンタルだが、期間中600万円以上かかるという。資金のことを聞くと、うん?ああ、政府が払うからね、とのこと   イメージフェスティバルというだけあって、絵画やアニメのプロジェクトも上映されていた   NYで活動するアメリカ人写真家Lois Greenfield氏は、ダンサーを撮らせたらこの人を置いていないというほど有名な写真家。40年の写真のキャリアがあり、プリントもたくさん売れているという   作品は動きを完全にとめた躍動、構図から単光源のライティング、ダンサーの肉体、床からわずかに離れて時間が止まったかのような完璧なイメージ。中判デジタルカメラで撮影され、連写ではなく、完全にワンチャンスをものにした作品。プリントは自分のスタジオで製作している   ボケてしまったけど、香港の著名な俳優で自殺したレスリー・チャンの映画をモチーフにしたインスタレーション。うーん実際の映像はかなりイケてた。手前にレコードプレーヤーがあり、レスリーのダンスに合わせて音楽が流れていた   ゲストキュレーター、というと大げさですが、僕が六甲山国際写真祭の立場で誘いを受けた当の中国人キュレーターWang Xi氏も、すでに昨年から六甲山から誘った日本人のプログラムを仕切っていて、今後さらに関係を深めようとしているのが痛いほど伝わって来ます。彼らからみた現代の日本の写真家は未知のもの、新しい世代の中国人アーティストが日本や世界とつながることと同じように、世界でも通用するはずだと彼らは真剣に考えているのです。昨年は8月の写真祭後、直ちに日本人二人(AbeMoekoさん、NaohikoHoshinoさん)が現地に呼ばれプリントで展覧会が開催されました。要点は、コネクションを作ること、作品にコミュニケーション能力さえあればアートは世界共通の価値観のなかで交換可能なのであり、その点を確認できたことは大きな収穫でした。 話の内容をすべて書くことはできませんが、ハンガリー人の老アーティスト、アメリカ人アーティスト、WPPやNational Geographicの若き編集者たち、おなじみのAngkor Photo FestivalのFrançoise Callier氏などと一日中帯同し、様々な話を聞くことができました。それは写真祭であるとか写真の話にとどまらず、アートの行政だとか、教育だとか、誰かの噂話だとか、本当に写真や写真外に即興でめまぐるしく展開しながら、生きいきと面白い話ばかりが続きます。政治や経済、紛争戦争、難民問題、貧困、テロ、津波、宇宙開発、東アジアの困難、アメリカ大統領戦、神戸の震災、六甲のことなど、本当にさまざまな話題が途切れなく続くのです。中国人アーティストの作品もたくさん見ましたが、このクラスのイベントに参加するとなるとかなりユニークで強いものばかりです。どうやって選ぶのか、という問いに関しては、彼らはネットワークを駆使して膨大なリストを持っていて、世界中に展開する中国人アーティストや注目すべき海外アーティストの活動をつぶさに見ていることがうかがわれます。そして、多くがアートの世界から脱落するのか生き残るのかを時間をかけて見ているのだと思います。早く結果を出したいと願うのは、アーティストにとって世界共通の欲求だと思えるのですが、10年や20年プロジェクトが当たり前という悠久のシステムは、結局のところ良い教育を受け、良い技術トレーニングを受け、マーケットの洗礼を受けて残ったものだけが成功を手にするという当たり前の結果をもたらしているに過ぎないのです。もしうまくいかない場合は?という問いに関しては、"They all went back to work" つまり、夢をあきらめ現実に戻っていったのです。 実は昨夜、今回招待されているゲスト6名のうち3名の部屋で大変な漏水騒ぎがあり、今朝の話題はこの話から始まりました。真夜中の2時に水道管が破裂してその部屋が冠水したばかりでなく、階下の部屋にまで水が漏れだして大騒ぎだったらしいですが、僕の部屋は別のブロックだったため全く気がつかずに朝その話を聞いて驚きました。しかし、おそらく今回寝食を共にしたメンバーはこのことを決して忘れないと思います。 深圳を訪れ、六甲山国際写真祭主催者として何かを学んだかと問われたら、やはり世界は広く、写真は広大で、チャンスはあるが道のりは厳しいということ。日本と世界、という分けへだてる物言いは何に関しても言われすぎて辟易する昨今ですが、実際にこうして世界を見に出てこないことには世界で何が起こっているのかを見ることはできないわけで、日本の写真家たちが最近ものすごい勢いで増えている写真のレビューやWSなんかにあちこちお金をはたいて参加してみたところで、小さな窓を通じて世界につながった気分でいるということそのものはさほど意味がないのかもしれないと感じました。それらは与えられる情報であって、経験し獲得するものとは明らかに違います。六甲で圧倒されて衝撃を受ける衝撃が1だとすれば、海外に出かけて自分の目で体験し知ることの大きさはその数倍はあると思います。中国にはあちらこちらに写真祭があり、宿泊も渡航費もとても安い場所もあるので、一度訪れてみることを勧めます。中国に限った話ではないですね。アルルでも、パリでも、ペナン、シンガポール、アンコール、マレーシアどこの国に出かけても、学びの質や量は計り知れないくらい大きいはずです。