Singapore2012

Singapore2012

アジアでも新しい写真祭が次々と立ち上がっている。シンガポール国際写真祭もその中の一つだ。こちらはビエンナーレで開催される写真祭で、現在までに3回開催されるに至っている。構想から運営まで、本当に若いスタッフが実施しているのが驚きだった。

実は、主催者の女性とは2010年のパリでお目にかかった。彼女はその年の11月にパリで開催されたPhoto OffというPARIS PHOTOからすればセカンドラインのギャラリーやプロジェクトが軒を連ねる写真イベントの出展者だったのだが、シンガポールの国際写真祭のことをしきりに話していたので、強く記憶に残っていた。その後FBなどで連絡を取り合い、Gallery TANTO TEMPOの関わりの写真家がシンガポール国際写真祭に出展することを機に、シンガポールにレビュワーとして招待してくれたのだ。

昨年9月にこの写真祭のレビュワーとして参加するために2泊3日という強行日程で訪れてきた。僕が手がけているART in HOSPITALという社会芸術プログラムのアジアの状況を研究する目的も兼ねての訪問だったから、実際にレビューに参加できたのは1日だけだった。ART in HOSPITALの取材は、現地の最大級の病院Singapore General Hospitalという病院に訪問し、アートマネージメントを専門にするスタッフに病院内を案内してもらうというものだったのだが、病院の中から外の庭に至るまで、あらゆる美的要素が日本に比べて優れているシンガポールに強い印象を持った。

レビュー会場に着いてみると、9名の写真家がぎっしりとリストに並んでいて、非常に面白い写真家が参加していた。ほとんどの写真家はポートレイトを主に制作しており、写真における世界の状況を良く学習していた。シンガポールから3名、イギリスから1名、マレーシア2名、スペイン1名と、国籍も程よくばらけているのが好印象だった。全員が英語が堪能。コミュニケーションはすべての方が高い能力を有していた。質問には丁寧に返し、そういう見方があることがわかってよかった、などと受容的な対応がとれる方ばかりだった。写真のレベルも高く、何よりストーリーがあった。2013年に神戸の新しいギャラリーtheory of cloudsで開催した写真グループ展には、彼らのうちの5名を誘って非常に面白いポートレイトのプログラムを開催することができた。参加した写真家の一人、Sean Leeさんは、モノクロのポートレイトを見せてくれた。イメージは強く、父親と母親をモデルにしているものだった。ある日、父と母が以前ほど仲良くしていないと感じたSeanさんは、父親と母親が何らかの肉体的接触をすることを求めながら撮影するシリーズを思いつき、撮影していったという。二人は最初は照れながらもSeanのカメラの前にたっていたが、撮り進めるうちに自然な表情、くつろいだ表情で作業を楽しむようになったという。写真にも夫婦の打ち解けた「接触」を見せるものが出現し、非常に清々しく美しいポートレイトだった。「撮影」という行為が人間関係に良い影響を与える一つのサンプルとしてみれば、これも表現として評価に値する、というのが僕自身の評価だった。シンガポールは、アートもドキュメンタリーもバランスよく写真家、レビュワーを集めていた。

わずか第3回ではあったが、シンガポール国際写真祭は会場に国立アートミュージアムなどを駆使して、国家のバックアップも整えつつある。日本にも写真賞や写真祭で地方自治体と連携するイベントはあるが、国家予算に訴えていくものはまだ聞かない。それは、やはり国立写真大学や国立写真美術館というような国と社会、社会と写真とを結びつける適正な三角形がないからだし、写真に関わるいろいろな人たちが枠組みや利害をこえて連携しないからだ。アルルやサンタフェ、他の世界的な枠組みが国家のレベルで認証されていることには僕たちも自覚的である必要がある。まさに、社会における写真の認知、マーケットのあり方のすべてにわたる問題点として、やはり日本の国内の写真界はまだ十分な責任を果たしているとはいえないのだ。そして、この「写真界」ということも再定義が必要だろう。写真とはだれのものか。そして写真は社会のどこに向き社会に実りをもたらすのか。写真のプロフェッショナルを問いなおす必要がある。