Monthly Archives: 9月 2015

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『これからの大きな糧』/林田真季

By |2015-09-24T20:16:45+09:009月 24th, 2015|未分類|

六甲山国際写真祭2015のポートフォリオレビューに参加しました林田真季です。   六甲山は地元ということもあり、今年初めての参加を決めました。 そして、Emerging Photographer's Showのスライドショー作家にも選んで頂きました。けれども、特に2日目のレビューがあまり上手くいかず、私は全てのレビュー終了時にかなり落ち込んでいました。そんな状況の中で、レビュー後の写真祭のイベントがノンストップで続きました。   六甲山カンツリーハウスに会場を移し、まず行われたのがオープンポートフォリオビューイング。レビューを受けた作家の作品が一般公開されるプログラムです。私も学生時代の友人と話すことができ、落ちていた気分が少し晴れました。わざわざ足を運んでくれた友人にとても感謝です。 その他、レビュワーも含めてたくさんの人に作品を見て頂きました。ここで自分の作品を何回も説明するうちに、レビューのときには上手くできなかった作品のプレゼンがだんだん上手くなっているような気がしました。数をこなすことが必要、とわきまえた瞬間でした。   次に行われたのが、メインゲスト作家Wenxin ZhangとHaley Morris-Cafieroのトークショー。レビュワーもレビューを受けた作家も一緒になって参加したプログラムです。トークショーが始まる前にはみんなでスナックを分け合ったり、和気あいあいとしていました。私は、レビューを受けた際には緊張して上手く話せなかったAndreas Müller Pohleとたわいもない会話を楽しめて、また少し気分が晴れました。写真の世界でもまずはコミュニケーション、と痛感した瞬間でした。   最後に行われたのが、Emerging Photographer's Showのスライドショー。 私のように、今回のレビューに参加した作家からも複数名選ばれました。私はトークショー終了後あたりから、自分がスライドショー作家であることを急に自覚しはじめ、とてつもなく緊張してきました。初めてのことに見劣りしないか不安でいっぱいになりましたが、解説や音楽とともに大きなスクリーンで映し出される自分の作品を見たとき、素直にただ嬉しさでいっぱいになりました。落ちていた気分が一気に晴れた瞬間でした。   私はこの写真祭に参加して、たくさんの出会いを得ました。レビュワーや写真祭関係者はもちろん、貴重な同志の仲間にも恵まれました。そして、それらの出会いを通し、インターナショナルな写真家に求められる様々な能力を目の当たりにしました。撮影する力はもちろん、リサーチする力、編集(画像処理ではなく、見せ方の編集)する力、ストーリーを組み立てる力、強いステートメントを書く力、オーディエンスをマーケティングする力、そしてプレゼンする力。さらに日本人には、それら全てを英語でもできる力も必要です。 特に「日本の地方」を作品の題材としている私の場合、日本人に対してと外国人に対してでは伝える内容自体を変えたほうが良く、ただの英訳では不十分です。決して容易なことではありません。でもだからこそ、全ての能力を備えた写真家になりたい、とはっきり目標を持ちました。 [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『必ず扉が開きます』/山縣 勉

By |2015-09-16T13:40:17+09:009月 16th, 2015|未分類|

六甲山国際写真祭、第一回をゲスト写真家として、第三回をレビューイとして参加してくださった、山縣 勉さんに今回の写真祭の感想をインタビューさせていただきました。   Q,  六甲山国際写真祭に一回、三回と参加されてどう言う印象をうけましたか?   A,  2013年の第一回はアントワン・ダガタの講演を聴くために参加しました。たった一日でしたが、展示やレビューの現場も見て回りました。 今年の第三回はスライドショーに参加させていただき、またレビューも受けさせていただきました。正直にいうと、2年ぶりに参加して驚きました。綿密に練られた企画とスケジュール、展示やワークショップの内容、レビューや展示会場の質、会場間の移動や運営サポートなど、どれをとってもレベルアップされ、主催者やボランティアの方々の熱い気持ちがひしひしと伝わってきました。おかげさまでストレスを感じることなく密度の濃い3日間を過ごすことができました。いや、むしろ朝から深夜まで写真漬けの日が続き、脳が休まる暇もないほどでした。きっと参加者のほとんどが、すべてを出し切り、吸い切った写真祭だったのではないでしょうか。     Q, 国内外のフォトフェスティバルとここが違うなどの六甲山国際写真祭の特徴など感じた事を聞かせてください。   A, 例えばアルルフォトフェスティバルや京都グラフィーなどは街をあげての祭りで、大規模な展示やスライドショーはとても見ごたえがあります。その中でポートフォリオレビューは付属イベントの一つに位置づけられています。写真家たちも自分のレビュータイムが終わってしまえば帰っていきます。もちろん個人差や程度の差こそありますが、多くが持参した作品の受けが良かった悪かったということだけにとどまってしまっているような気がします。 一方で六甲山国際写真祭は、質の高い展示やスライドショーもありながら、あくまでレビューを中心に置き、レビュアーを含めて全員が参加するレセプションやディスカッション、クロージングパーティーなどが休みなく3日間続きます。宿泊する建物もみな一緒です。高名な海外レビュアーに写真を見てもらった後にパーティーでビールを飲みながら肩を並べて雑談し、翌朝には「おはよう!よく眠れた?」などとあいさつを交わすという雰囲気ができていきます。 レビューはよくお見合いに例えられます。どんな業界であっても、これから一緒に仕事をする相手を決めるときに、お互いの人間的な信頼関係が必要になります。写真業界においても、写真の出来はもちろんですが、将来に向けてしっかり仕事をしていける人か、歩調を合わせられる人かを見る必要があります。顔を知っている、何度か会って話したことがある、あの時一緒に酒を飲んだ、作品を継続して見ているといった、点が線となっていく関係性が大切だと思うのです。そしてレビュー自体はその最初の出会い、お見合いの場だと思うのです。最初の点であり、スタート地点です。もちろん写真家側にとっても、レビュアーがどのような人なのか無意識のうちに探りつつ、パイプを繋ぎはじめる場になります。また、おもしろいことにレビュアー間においてもこの場での出会いから新しい企画に繋がっていくことがあるようです。六甲山国際写真祭の規模は決して大きくはありません。逆にコンパクトだからこそ濃密な場が作られている。立場を超えた縦横交流の場の提供、そこから生み出されていく国を越えた新しいネットワーク、国際感覚を持った写真家層の育成、そしてもちろんこの場をチャンスとして世界へ突き抜けていく人を作っていく。そうした助成的な精神が企画の随所に感じられます。レビューサンタフェにも同様の精神を強く感じますが、六甲山国際写真祭はややコンパクトである分、さらに濃厚であると思います。     Q, 六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加されて感じた事をお聞かせください。また成果など有りましたか?   A, おもしろいと思ったのが、レビューがはじまる朝、30分前になってようやく写真家毎のレビュアーが発表になったことです。もちろん写真家は事前に希望するレビュアーを提出しておきますが、それが通るとは限らない。普通は前もってレビュアーがどんな立場の人なのか、それに応じてどのように話そうか見せようかをイメージしておきますが、それができないわけです。主催者の意図は聞きませんでしたが、スタート30分前にスケジュール表が配られた時の会議室の空気は、学生時代に試験でヤマをはり、裏返しに配られたテスト用紙を表に返して問題に目を通す瞬間を思い出させてくれました。緊張感をいただき、どうもありがとうございました。 レビューがはじまり、半日もたつと写真家のあいだに「同志」という感情が芽生え、待合室の雰囲気がガラリと変わりました。お互いに写真を見せ合い、どのレビュアーがどんな反応だったかという情報が飛び交います。さっきは落ち込んだ表情だった人が、今度は満面の笑みでレビュー会場から戻ってきて皆に出迎えられたりする。二日目になると待合室はかなりリラックスした雰囲気になりました。中には横になって居眠りしている人も。そして同志的な感覚からより親密な関係性になってきているのが手にとるようにわかりました。 僕自身は今回、現在製作中のプロジェクトを持参しました。ほぼ撮影は終了し、これから写真集の作成に向けてセレクト編集作業に入ろうとしているものです。レビューによって今後の編集に向けた知恵が欲しかったし、海外レビュアーにテーマがどう伝わるか知りたいと思っていました。3人のレビュアーに見ていただき、「あなただったらどうセレクトし、どう組みますか」という聞き方をしました。意外なことに三者三様でしたが、どのレビュアーの方法もとても興味深いもので、今後の編集の方向性についてとても参考になる有意義なレビューでした。     [...]

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写真祭を振り返る-展覧会その3

By |2017-07-03T13:36:33+09:009月 13th, 2015|未分類|

Review Santa FeやAngkor Photo Festivalに関わっている関係で、そこに参加していた写真家のプロジェクトをいくつか六甲山国際写真祭に呼び込みました。 まず、Emmanuel Angelikas。この人はAngkor Photo Festivalで会い、Max Pamとともにいろいろ話し合った写真家です。彼の作品はかつて京都のPrinzというギャラリー、レストラン、宿泊施設をもつアート総合施設で取り扱いがあったとのこと。日本にも度々きているということで作品を一通り見せてもらいました。現在はなかり過激なSEXをモデル撮影で取り扱うなど異端の作家ですが、かつてはオーストラリアのシドニー近郊のMarrickvilleという場所で撮影した作品などで活躍した作家です。この作品が重要なのは、7歳でカメラを手にしてから現在まで、一つの街の表と裏、風景や人々、風俗をなんら制限なく踏み込んで撮影しているところです。裏通りの奇人変人、街の文化的な要素、そして移民社会の影とSEXなど、撮影する対象は限りなく、その膨大なアーカイブは感心するほどでした。大切なのは、一つの街を撮り尽くすこと。そしてそれが終わったと感じられても結局は戻ってきてさらに踏み込んで撮影しようというその姿勢なのです。六甲山国際写真祭は彼のあらゆる種類の写真を展示しようと試みました。写真とは何か。写真家とは何かを問うとき、まさに尽きない好奇心で世界を見つめることがいかに大切であるかを、彼の作品を通じて感じて欲しいと思います。 ©RÚBEN SALGADO ESCUDRERO Ruben Salgado EscuderoもAngkor [...]

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写真祭を振りかえる-展覧会その2

By |2015-09-11T15:13:04+09:009月 11th, 2015|未分類|

Haley Morris-Cafieroは、その作品の作り方がジャーナリスティックにもアートにも受け取ることのできる極めて繊細な作品を展示しました。自身がとても太っていて、ダイエットを主題に撮影する過程で思わぬ発見をするところから作品が発想されます。通りゆく人々が自分の存在のよって思わぬ行動をとったり、奇異な視線で彼女を見ているカットを見つけ衝撃を受けるのです。その後の撮影は大変興味深いものとなりました。1シーンで500カット撮影し、自室に帰ると写真を入念にチェックする。そうすると大抵、人々のなんとも言えない表情で彼女を見ている写真に出くわします。この写真に提示されているのは、視覚的には自画像としていつもイメージに介在する自分、そして視線を送りつける他者、そしてその場の正当性を示すために舞台装置にあげられた無関心なその他の人々です。助手あるいは三脚を置いての撮影は、コンセプトの単純さとも相まって手法が安定しているため、写真表現としてのブレはありません。自分に一瞬の特別な関心を寄せる人たちを捕捉するというのがコンセプトになっています。人々が集まる場所で彼女を見ている人々の表情を的確に捉えることによって、彼女自身とそういう蔑むようにみつめる"他者"との間に立場の逆転が起きる。他者を見下すように見る人々を逆に罠にかけることによってあぶり出す、ある意味で恐ろしい写真とも言えそうです。これを発展的にとらえると、私たち自身が他者に向ける視線や一瞬の判断に行き着きます。何もこの作品のようにあぶりだされるという過程がなくても、私たちの他者に対する視線や行為はいつも誰かを傷つけ差別している可能性がある、という気づきに至らせてくれるのです。こうした写真に自ら介入して表現する写真家が増えています。ただ景色やもののある様子をとらえるのではなく、自分がその光景に介入し社会的なメッセージの表出を試みるという方法です。彼女の作品は、アメリカの大きなニュースメディアにも取り上げられるなど、人々のコミュニケーションを促す結果になっていますが、それでもなおそのコミュニケーション自体はHaleyの肉体的特徴を揶揄するようなものばかりだ、と本人は話していました。 Wenxin Zhangは中国生まれ、アメリカ在住の若き女性写真家です。Hefeiという北京近郊の町で生まれ育った彼女は、若い時から町を出たいという願望を持って育ちました。Hefeiは退屈な都市で、退屈な夜にはそういう夢を夢想して過ごしたのです。時が過ぎ、実際彼女は中国を離れて写真の勉強をするためにアメリカに渡ります。夢が実現したのです。しかし、そこで待っていたものは差別や孤独でした。故郷とアメリカを行き来するうちに、彼女はまた夢想を繰り返します。その夢想の中で描いた連続しない5つの物語がこの作品のテーマとなりました。中国への思いと若物特有の背伸びする気持ち、両親との関わりや性愛が物語として語られ、それに写真が付随するという形で作品が編まれていったのです。私は水槽の中にいて水槽の外の大人の世界に憧れてはいるけれど、水槽の中の退屈な毎日に安寧の思いもある、そんな中で夢想した物語なのだ、というと平坦すぎるかもしれません。欧米の写真家の作品でも、テキストが作品の中心をなすものとして提示されていることは珍しく、このような作品は見たことがないという専門家が多かったと思います。ただ、このシリーズの素晴らしい点は、夢見がちな(あるいは鬱屈した)女性が日常の風景を切り取って間接的に自分の状況を表象するありがちな手法ではなく、あくまでもナラティブな物語に従って編集が進められていることです。これについてWenxin本人がトークショーで語っていたことですが、どの写真もそれぞれ物語に強く関連するように注意深く選ばれているが、それぞれの写真はお互いつながりを持たないように選ばれている、その写真と写真との間には観覧者の解釈の余地を残しているのだ、と論理的な説明がなされていました。若いがゆえに作られた作品ではあるのですが、物語を中心に据えて全体を眺めると胸に迫る少女の思いが鮮やかに見えてくる、そんな作品なのです。彼女の作品は、各地のレビューでも評価が高く、展覧会や出版のプロジェクトなどが予定されています。 このように、六甲山国際写真祭では4名のメインゲスト写真家を迎えて、それぞれ特徴のある写真のスタイルを提示してみました。アートなものからジャーナリスティックなもの、社会的なものからパーソナルなもの。写真の表現の多様性も含めて、写真にしか表現できないストーリーを提示したのです。

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写真祭を振りかえる-展覧会その1

By |2015-09-11T01:52:22+09:009月 11th, 2015|未分類|

2015年の六甲山国際写真祭が終わりました。ここでは写真祭を振り返って3つのことをシリーズで記しておきたいと思います。 六甲山国際写真祭の開催目的はアートと社会とをつなぐこと。六甲国際写真祭にはそういう目的が明確にあります。ですので、写真やアートの重要さをいかにして社会に伝えるか、ということを主眼にこれまで3回の写真祭を開催してきました。写真は人々の暮らしの中に溢れかえっています。多くの人にとって、写真を見る、という行為にはさほど抵抗はないでしょうし、説明的な、例えば新聞やニュース、広告の中にあるような写真からの情報を受け取ることは誰もが全く問題なく行えるはずです。そのニュース写真がニュースの文脈と正しくマッチングするかどうか、写真が真実を伝えているか、あるいは偽装されたものかという点については、おそらく多くの人々があまり深く考えずにそれを受け入れていると考えられます。そしてそのこと自体はここでは問いません。それが良くも悪くも、昔からの写真というものへの理解だと考えられるからです。しかし、多くの場合、それらの写真が誰によってもたらされたか、という点が取り上げられることはさほど多くはないと思います。全く抜け落ちている、といってもいいかもしれません。写真はあたかも自然発生的にそこに生まれたかのように、軽く受け流されているのです。 アートやメディアの中にある写真というものを理解するとき、どうしても壁になるのは作家なり写真家なり、その表現者の考えを意識せざるを得ない点です。社会がアートやメディアとしての"作品"として写真を受け取っているかどうかを問うとき、残念ながらほとんどの人は作家や写真家の意図する作品への思いや思想を十分に理解するにはいたりません。まず、日頃たくさん見ている写真について、写真作品が特別なものであるという認識ができる人は多くはありません。また、興味をもって理解しようと頑張ってみてはいるものの理解できない場合もあるでしょう。それはやはり作品の理解にはある程度のトレーニングが必要だからです。ニュースでは簡単に受け入れられる写真であっても、ギャラリーなどを訪れると途端に難しく感じてしまい、おそらく多くの人は作品について解釈したり理解する以前に大まかな印象をもってその作品と向き合うにとどまっていると考えられます。もちろん、それでも一向に構わないわけですし、すべての作家、写真家についてそう決め付けることはできません。たやすく理解できる作品もたくさんあるでしょう。ただ、作品を受け取る側に立ってみると、難解な写真を見せられるより、理解しやすい写真により多くの魅力を感じるはずです。美しい風景写真、よくデザインされた写真などがそれに該当します。ただ、とすると、やはりそれらの写真は軽く受け入れ、軽く流せる写真なのかもしれません。そしてアートの作り手、担い手の側に立つと、そういう軽く受け入れられ、軽く流せる写真やアートにさほど価値を見出せない、という問題が湧き上がってくるのです。 作家が意図して作った作品を一般の人々に理解してもらうためにはどのような方法があるのでしょうか。いうまでもなく、それは作家側の作品を作る姿勢や意図をよりわかりやすくすること。そして、受け手である人たちに写真の素晴らしさを理解してもらうこと、この二つの方法しかありません。六甲山国際写真祭は、この二つの方法を実践しようとしているのです。 Max Pamは、SUPERTOURISTというシリーズを提示しました。このシリーズは彼の40年以上に及ぶ写真活動の集大成のような作品集から構成されました。スナップやアート作品、ヌードや細々とした土産物まで、様々な時代背景、様々な土地で、様々な被写体が様々な手法、カメラワークで収集されています。それが4つのテーマに従って分類され、類型され、提示されている写真集です。このシリーズの素晴らしい点は、"特別な写真"というものがほとんど一切ない点です。もちろん、専門家から見れば重要な写真はたくさん含まれています。しかし、ほとんどすべての写真はただの写真であり、私たちが普段撮ったり見ている写真となんら変わりはありません。そこにあるのは"旅"というくくりだけです。この写真の集大成の魅力は、作り手に対しては、やはり破天荒なことが許された良き時代に若者の最大の権利を行使して自由に世界を切り取り、歩いたこと。そこで得たものを何一つ捨てず、飾らず、ありのままを記録し、発表し続けたこと。写真とは、意図して何か作家の思惟を埋め込むことだけに特段の意味があるのではなく、あらゆる人生のシークエンスそのものであると潔く割り切って"撮っておくべきもの"だというメッセージです。対して、一般に対してはどう見えたでしょう。おそらく、写真というものの本質的な意味合いにおいて社会そのものとパラレルに浮き沈みする写真家の存在を意識しつつも、重たくなく、娯楽のような感覚で見ることができたと思います。そこはニュースで見るような写真や、普通の家庭が旅にでて撮るような写真にあふれているのです。そして時々現れる美しい肖像、中世絵画を模して撮影したヌード、ドキュメンタリーの作品が写真家の表現者であることを意識させるにせよ、それはあくまでも旅においてMaxが見て感じて撮っただけのもののように重たくない作品だと理解されたでしょう。そしてそれがMax Pamの最大の魅力なのだと思います。 林典子さんの「キルギスの誘拐結婚」のシリーズは、ジャーナリストとしての彼女の視点でもたらされた驚くべきストーリーです。意中の女性と結婚するために男性が女性を誘拐して結婚する、というキルギスの衝撃的な社会慣習を私たちはこのシリーズで目撃します。日本においても結婚、恋愛、家庭に関する問題がないわけではありません。格差差別やDV、性犯罪、離婚問題、子の親権問題、子供に対する虐待など、日頃からたくさんの話題を耳にします。政治経済外交といった比較的関心の高い問題に比べると、どちらかというと話題にしにくい問題かもしれませんが、それでも社会システムの矛盾や誤りについては私たちはもっと考えオープンに話し合う必要があります。社会問題に光を当て議論を呼び起こすのがジャーナリストの仕事であるとすれば、その情報提供、問題提起の方法として強力な武器になるのが写真や映像です。林さんの写真は私たちに普段知ることのない世界の状況を思い知らせ、また観覧者にその事実について考えさせるよう導く大切な仕事なのです。 "何でもない旅で得られた写真"そして"見たこともない世界のニュース"。その間に日本の写真があります。それを理解し、作り手と受け手がコミュニケートすることが六甲山国際写真祭の目的なのです。 RAIEC 杉山武毅

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート“写真のプロジェクトを作る5つのステップ”/御代 歩

By |2015-09-10T09:17:37+09:009月 10th, 2015|未分類|

こんにちは、第三回の写真祭のポートフォリオレビューにレビューイとして参加した御代 歩です。 ポートフォリオレビューの翌日に開催されたAndreas Müller-Pohle氏の“写真のプロジェクトを作る5つのステップ”に参加してきました。   8月30日(日)にKiitoデザインクリエイティブセンター神戸にて「写真のプロジェクトを作る5つのステップ」と題したワークショップが行われました。講師は写真家であり写真雑誌の編集者でもあるAndreas Müller-Pohle。 このワークショップでは、写真作品の制作を「プロジェクトモード」として1つの制作パッケージと捉え、その制作プロセスを①準備→②理解→ ③撮影→ ④編集→ ⑤出版 の5つに分けて考えていくこと、またそれぞれの過程について具体的に学びました。 実際には、講師による2時間程のレクチャー、その後、参加者それぞれの作品の分析と検証という流れでワークショップは進められました。       ワークショップ全体を通し、多くの重要な学びを得ることができましたが、その中でも特に印象に残り、また今後の作品制作の上で生かしていくことが出来ると思われる内容について何点かピックアップしてみたいと思います。 1.制作プロセス①「準備」:アイデアをストックしておくことの重要性。 アイデアは書き留めておく=記録しておくことが大事であり、記録しない限り、アイデアは忘れられてしまう。思いついた時点でそのアイデアは現実的ではないかもしれなくても、様々な条件が整った時にずっと昔に書き留めておいたアイデアを実行に移すことが出来る、そのためにはアイデアをストックし、いつでも参照できるようにしておくことがとても大切である。   2.制作プロセス②「理解」:コンテクスト→コンセプト→メソッドの流れの重要性。 コンテクストとは、テーマの立ち位置、アイデアのフレームとなるものであり、作品を支える骨組みとなるもの。コンセプトとは、作品を通じ他者へ伝えたい内容であり、メソッドとは、そのコンセプトを形にする為の作品の手法である。 作品制作を始める上で、この3点を明確に他人に伝えることができるかどうかが問われる。逆に言えば、作品をその作家が語るとき、この3点さえ伝えられればよく、それ以上の理解や解釈は鑑賞者の自由に委ねられるべきである。 [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポートワークショップ“ポートフォリオを磨く、編集する”に参加して/寺田 朋也

By |2015-09-05T14:50:42+09:009月 5th, 2015|未分類|

第三回、六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューにレビューイとして参加した、寺田 朋也です。 2015年8月30日午後1時からギャラリーTANTO TEMPOにて六甲山国際写真祭ワークショップ『ポートフォリオを磨き、編集する』が開催されました。 講師にAmber Terranova (写真編集者)、Laura Pressley(Review Santa Fe ディレクター)を迎え、さらには飛び入りでこのワークショップに参加されたFrançoise Callier (Angkor Photo Festivalディレクター)が見守る中、ポートフォリオをまとめるための実践的なヒントを分かりやすく順を追ってレクチャーされました。   まずは実際にどうやって自分のポートフォリオを磨いていくのか?編集者やギャラリストにうまくアプローチするためのポートフォリオとはどういうものか?という内容に入っていきます。  実は写真の並べ方・順番にもコツやリズムがあり、そのプロジェクトで最も重要且つ強いイメージを持つ写真は何番目と何番目に配置したら良いのか?など、普段あまり聞く機会のない、レビュワーからのシビアな視点を交えながらポートフォリオづくりに関して具体的に話が進んでいくと、参加者もどんどん説明に見入っていきます。写真家が最も苦労するポートフォリオにおける写真のセレクトやエディットをする上においてのヒントがたくさん散りばめられていました。同時に、ポートフォリオに対するステートメントはどのように文章を組み立てるのかなども学んでいきます。  どういう文章のまとめ方をしたらレビュワーに伝わりやすいのか?など、過去に成功されている写真家が制作したプロジェクトの例を参考に挙げながら、さらに分かりやすく話が進んでいきます。  次に、実際にポートフォリオレビューを受ける際のヒントに移っていきます。  レビューに臨む際の準備はどうしたら良いのか?例えばプリントが良いのかブックはどうなのか?どのような会話をしていくのが有効か?レビュワーから作品についてのアドバイスをもらった場合はどう考えるのか?など、具体的な質問内容を交えながら、プレゼンのコツを理解していきます。その他、レビュー後のアプローチの仕方、例えば好感触を得られた場合の連絡の取り方や、自分の名刺やホームページを作る上においての重要なポイントなど、細かく伝授されました。  あと、世界各国で開催されている写真祭・ポートフォリオレビューの紹介へと進みます。それぞれの写真祭の特徴や会場の規模、作品のレベルなど、実際に色々と参加してみたくなるような興味深い話を数多くしていただきました。また、優れたプロジェクトが掲載されているウェブサイトの情報なども細かく教えて頂きました。 ひととおりの講義が終了し、休憩を挟んだ後、Amber Terranova [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『 ゴールではなくスタート』/前田 充晴

By |2015-09-01T11:30:34+09:009月 1st, 2015|未分類|

六甲山国際写真祭も無事に終了しました、写真祭の様子や感想などをご紹介していきたいと思っております。 ポートフォリオレビューの感想を前田 充晴さんにリポートしていただきました。     六甲山国際写真祭2015ポートフォリオレビューに参加させていただきました前田充晴と申します。 昨年度に引き続き二度目の参加となりました。 連続でレビューを受けるということは、初回にレビューを受けた作品を発展させるか、 まったく別のアプローチを試みるかの二択になるわけですが、私の場合は前者でした。 もちろん前回レビューを受けた時はその時なりに自作品は形になったと思っていましたが、 その時写真祭で受けたレビュー内容は、そのプロジェクトが完成したもの(ゴール)ではなく、 むしろスタートラインやチェックポイントに立ったという事を強く認識させられるものでした。 それは未熟であるというよりは、そこから更に色々な発展をするという可能性に 気付かされたということであり、その提示はレビュアーの方々によって多種多様、 その提示の先にある自作品の姿を想像するのはとても刺激的で楽しいものでした。 そしてそれらを吸収し、融合させ、ある部分は先鋭化し、ある部分は削ぎ落とし、 軸であるテーマに絡ませるいくつかの要素を組み合わせて今回の写真祭ポートフォリオレビューに持ってくる作品を作成しました。 このポートフォリオレビューは審査制のため、昨年と同じテイストの作品であったなら おそらく審査を通過することはなかったでしょう。基本的なモチーフが昨年と同じ雪という事で、 審査に通過するかどうか正直かなり不安でしたが、共通点は雪というだけの似て非なるものに発展させたと考え応募し、結果審査を通過しました。 連続参加の場合は勝手がわかってリラックスするだろうと思われがちですが、 基本的には緊張度は去年と何ら変わるものではありませんでした。それは、ポートフォリオレビューという器こそ同じですが 新しいレビュアーに新作を見せる以上初回も二回目も何ら変わるものではないからで、 [...]

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