六甲山国際写真祭、第一回をゲスト写真家として、第三回をレビューイとして参加してくださった、山縣 勉さんに今回の写真祭の感想をインタビューさせていただきました。

 

Q,  六甲山国際写真祭に一回、三回と参加されてどう言う印象をうけましたか?

 

A,  2013年の第一回はアントワン・ダガタの講演を聴くために参加しました。たった一日でしたが、展示やレビューの現場も見て回りました。

今年の第三回はスライドショーに参加させていただき、またレビューも受けさせていただきました。正直にいうと、2年ぶりに参加して驚きました。綿密に練られた企画とスケジュール、展示やワークショップの内容、レビューや展示会場の質、会場間の移動や運営サポートなど、どれをとってもレベルアップされ、主催者やボランティアの方々の熱い気持ちがひしひしと伝わってきました。おかげさまでストレスを感じることなく密度の濃い3日間を過ごすことができました。いや、むしろ朝から深夜まで写真漬けの日が続き、脳が休まる暇もないほどでした。きっと参加者のほとんどが、すべてを出し切り、吸い切った写真祭だったのではないでしょうか。

 

 

Q, 国内外のフォトフェスティバルとここが違うなどの六甲山国際写真祭の特徴など感じた事を聞かせてください。

 

A, 例えばアルルフォトフェスティバルや京都グラフィーなどは街をあげての祭りで、大規模な展示やスライドショーはとても見ごたえがあります。その中でポートフォリオレビューは付属イベントの一つに位置づけられています。写真家たちも自分のレビュータイムが終わってしまえば帰っていきます。もちろん個人差や程度の差こそありますが、多くが持参した作品の受けが良かった悪かったということだけにとどまってしまっているような気がします。

一方で六甲山国際写真祭は、質の高い展示やスライドショーもありながら、あくまでレビューを中心に置き、レビュアーを含めて全員が参加するレセプションやディスカッション、クロージングパーティーなどが休みなく3日間続きます。宿泊する建物もみな一緒です。高名な海外レビュアーに写真を見てもらった後にパーティーでビールを飲みながら肩を並べて雑談し、翌朝には「おはよう!よく眠れた?」などとあいさつを交わすという雰囲気ができていきます。

レビューはよくお見合いに例えられます。どんな業界であっても、これから一緒に仕事をする相手を決めるときに、お互いの人間的な信頼関係が必要になります。写真業界においても、写真の出来はもちろんですが、将来に向けてしっかり仕事をしていける人か、歩調を合わせられる人かを見る必要があります。顔を知っている、何度か会って話したことがある、あの時一緒に酒を飲んだ、作品を継続して見ているといった、点が線となっていく関係性が大切だと思うのです。そしてレビュー自体はその最初の出会い、お見合いの場だと思うのです。最初の点であり、スタート地点です。もちろん写真家側にとっても、レビュアーがどのような人なのか無意識のうちに探りつつ、パイプを繋ぎはじめる場になります。また、おもしろいことにレビュアー間においてもこの場での出会いから新しい企画に繋がっていくことがあるようです。六甲山国際写真祭の規模は決して大きくはありません。逆にコンパクトだからこそ濃密な場が作られている。立場を超えた縦横交流の場の提供、そこから生み出されていく国を越えた新しいネットワーク、国際感覚を持った写真家層の育成、そしてもちろんこの場をチャンスとして世界へ突き抜けていく人を作っていく。そうした助成的な精神が企画の随所に感じられます。レビューサンタフェにも同様の精神を強く感じますが、六甲山国際写真祭はややコンパクトである分、さらに濃厚であると思います。

 

 

Q, 六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加されて感じた事をお聞かせください。また成果など有りましたか?

 

A, おもしろいと思ったのが、レビューがはじまる朝、30分前になってようやく写真家毎のレビュアーが発表になったことです。もちろん写真家は事前に希望するレビュアーを提出しておきますが、それが通るとは限らない。普通は前もってレビュアーがどんな立場の人なのか、それに応じてどのように話そうか見せようかをイメージしておきますが、それができないわけです。主催者の意図は聞きませんでしたが、スタート30分前にスケジュール表が配られた時の会議室の空気は、学生時代に試験でヤマをはり、裏返しに配られたテスト用紙を表に返して問題に目を通す瞬間を思い出させてくれました。緊張感をいただき、どうもありがとうございました。

レビューがはじまり、半日もたつと写真家のあいだに「同志」という感情が芽生え、待合室の雰囲気がガラリと変わりました。お互いに写真を見せ合い、どのレビュアーがどんな反応だったかという情報が飛び交います。さっきは落ち込んだ表情だった人が、今度は満面の笑みでレビュー会場から戻ってきて皆に出迎えられたりする。二日目になると待合室はかなりリラックスした雰囲気になりました。中には横になって居眠りしている人も。そして同志的な感覚からより親密な関係性になってきているのが手にとるようにわかりました。

僕自身は今回、現在製作中のプロジェクトを持参しました。ほぼ撮影は終了し、これから写真集の作成に向けてセレクト編集作業に入ろうとしているものです。レビューによって今後の編集に向けた知恵が欲しかったし、海外レビュアーにテーマがどう伝わるか知りたいと思っていました。3人のレビュアーに見ていただき、「あなただったらどうセレクトし、どう組みますか」という聞き方をしました。意外なことに三者三様でしたが、どのレビュアーの方法もとても興味深いもので、今後の編集の方向性についてとても参考になる有意義なレビューでした。

 

 

Q, 全体を通して何か感じたことはありますか?

 

A, パーティーの場で、あるレビュアーたちと話した内容がとても印象に残っています。「日本の写真界にはいくつもの小さな村があるのがよく見える」。もともと小さな国だし、その中にある写真界は本当に小さい。その中でさらに小さな村に分かれているというわけです。

そしてどの村に属しているかということがその人の看板や価値のようになっていて、村の間を自由に行き来する感じがない。そして周囲からすると入り辛い。それは日本人特有の村社会精神のせいか、妙な帰属意識の高さからくるのか、単なる遠慮からくるのかわかりません。誰が作ったわけでもないものですが、どうもそうした風潮が写真界にあるようです。そうした話の中で、私は言いました。「個人で創作活動をする人は敬いながらも周囲との一定の距離を保ち続けていくことが大事ではないかと思います。もちろん仲間は大切ですし、周囲の力を借りることもあります。ただ、写真家である以上は『独立したひとり』でなくてはならないと思います」。するとレビュアーは「ああ、『自分はどこにも属さないぞ村』っていう村も見えるなあ」……そして爆笑。パーティーでの話はこう締めくくられました。「もっともっとさまざまなキャリアやフェーズの参加写真家が増えていって欲しいよね。村に縛られず、また村を作らないで」。

六甲山国際写真祭は、前述のように世界の中でも特異な場であり、その価値は実際に参加した人にしかダイレクトに伝わらないものです。例えば東京の写真家からすると、六甲は決して身近な場所ではないし、そこに参加してどんなメリットがあるのか今ひとつわからないというのが本音だと思います。でもこれだけは言えます、必ず元がとれます。そして必ず次の扉が開きます。

もうひとつ余談ですが、レビューや3日間のさまざまなイベントを通して強く感じたことがあります。これは今回に限らず、いろいろな場面で思うことなのですが、「見せたい、話したい、コミュニケーションしたい」という意識が行動に表れているのはなぜか女性に多いということです。レビュアーが空いた時間に積極的に話しかけ、作品をみてもらい、オープンレビューにおいてもいい場所を確保することに注意を払う。語学力などは関係がない。そうしたポジティブな積極性に男女の差はないと思いたいのですが、どういうわけか見習うべき姿勢でいるのはいつも女性に多い。私も含め、男性陣はもう少しアピール力を身につけなきゃいけないと感じました。

 

 

Q、最後に告知など有りましたら

A, 六甲山国際写真祭でスライドショー上映された作品「涅槃の谷(Ten Disciples)」が、EMAHO ASIAN PHOTOGRAPHY GRANTを受賞しました。2016年にロッテルダムと東京で個展が開催され、同時に写真集が出版される予定です。今回のレビューでいただいたご意見をもとに作品をブラッシュアップしていきたいと思います。どうもありがとうございました。

 

山縣 勉ホームページ/ http://tsutomuyamagata.com/index.html

 

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投稿者/オカモト ヨシ