Yearly Archives: 2015

/2015

福井の写真コミュニティーを訪ねて

By |2015-11-30T20:33:00+09:0011月 30th, 2015|2015, NEWS, Organization, RAIEC|

昨日一昨日と福井県福井市を拠点とする写真コミュニティーを訪ねてきました。 もともとは六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加された写真家の一人が中心に立ち上げた写真コミュニティーですが、地域のデザイナーを中心に写真愛好家たちが集まって構成されたグループです。面白いのは、福井駅前にある新栄商店街という古い商店街の地域産業振興NPO「きちづくり福井」の中に様々な部活動を取り入れた一つの部として写真部の活動を行っている点で、来年開通予定の北陸新幹線南伸を機に地域の活性化を担う若い世代が沢山集まっているのが大変印象的でした。ワークショップは商店街のNPO拠点とSANKAKUという強力なコミュニケーションベースを使って行われました。 RAIECとしてのミッションは、地域コミュニティーにある写真活動の拠点作りを応援することです。そのために写真が社会に果たす役割や写真アートの重要性を理解してもらえるようなセッションを持ったり、写真コミュニケーションの手法を広げ、写真の理解を深めることにあります。六甲山国際写真祭の参加者の皆さんはおそらくRAIECのそういう方針についてよく理解されていると思いますが、今回の訪問は六甲山の活動が地域の写真活動と直接つながって写真コミュニティー作りに参加する初めてのケースとなりました。 @福井駅前 初日は小雨の中、地域産業新興NPOを訪れ、代表の方や写真家の皆さんと交流しました。福井駅前には古い商店街があるのですが、過疎化や経済的な衰退といった地方都市ならどこでも抱えている問題から商店街の活気が失われていきました。それでも地域における産業振興の観点から様々なグループが商店街活性化のために立ち上がり活動を続けてきた背景があり、そのベース基地となっているNPOには様々な人々がゆるく関わりながら様々な部会を持ち、全体として福井市の産業活性化を狙っているわけです。 RAIECではこの趣旨に基づいて新たに設立されたFUKUI PHOTO ART CLUBという写真グループと交流し、そのグループが有意味な写真活動を展開し写真メディアアートを理解出来る写真家を育てる活動を支援する目的で第1回のワークショップを開催してきました。 @新栄商店街 2日目のワークショップでは、まず「或る日の福井」というゆるいテーマで撮影された写真家それぞれの写真のプレゼンテーションを受けました。参加写真家は6名。それぞれが感じた「福井」を撮影した写真、そしてその写真を撮影したそれぞれの写真家の思いを聞きながらプレゼンテーションが進められました。次に、RAIECが定期的に開催しているコミュニケーションワークショップの手法を用いて、それぞれの作家の写真をキーワードや印象などで一度分解し、その後参加者全員でそのキーワードを用いて写真家の作品を言語的に再構築するという作業を行いました。中には「仲間」や「消えゆく街」をテーマに、優れた作品を作っている作家もいて、熱心なコミュニケーションがはかられました。午後からは僕が用意した写真の理解を深めるための講義を行い、歴史上重要な作家と作品を共有してみました。エドワード・シュタイケンからブレッソン、キャパ、ダイアン・アーバス、ナン・ゴールディン、最近のアンドレアス・グルスキー、澤田知子まで、風景写真、ポートレイト、ファッションフォト、パーソナル写真、アート写真、ジャーナリズムの写真まで、それぞれがどのように評価されて価値を有するに至ったのかを具体的なイメージを用いて説明してみました。また、現代の写真についてPhoto Lucida Critical Massの最終50名の写真からピックアップして提示しました。 @取り壊され新たに道路になる工事現場 最後に、神戸から参加いただいた徳平さんが福井でわずか2日間で撮影した1200枚の写真を提示し、作品を作るという点で技術的な要素は確かに必要だけれど、とにかく撮影することとそこから意味のある写真を抽出する努力をすることの大切さを説明していただきました。 @ワークショップの議論の様子 福井を訪れて印象的だったのは、若い世代からご年配の方に至るまで、街を愛し街のこれまでとこれからを共に考えてまちづくりをしていこうとする強い気持ちです。まちづくりに関しては様々な枠組みが同じ気持ちを持ちながらいきいきと活動をしており、商店街にも活気が戻りつつあるようで、これからの新しい街を作りたいという気概のようなものが強く感じられました。写真の歴史や過去の写真の膨大な価値について教育を受けたことがない人たちがいきなり優れた作品を作ることはなかなか難しいのですが、今回のワークショップで写真の根底にあるべき広大な装置を発見し理解することで一人でも多くのアーティストが福井から飛び立っていくことを願っています。それが結局は社会に根ざした地域の強い活動をささえる原動力になると感じられるものであればいいと思います。福井の皆さん、ありがとうございました。 @同じNPOに所属する民謡部会の忘年会に乱入 RAIECでは、国内海外にかかわらず、写真と町、写真と社会とがつながるような活動に対して支援をしていこうと考えています。出張ワークショップの開催を希望される方は是非ご連絡をお願いいたします。 info@rokkophotofestival.com

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Photo Lucida Critical Mass 2015の審査を終えて

By |2015-11-12T00:35:03+09:0011月 12th, 2015|2015, Story|

Photo Lucida TOP50が発表されました。色々考えさせられる審査だったし、結果にはとても納得のいく顔ぶれが並んでいます。 200名から50名に絞り込むところで僕も審査に参加しましたが、有力だと考えて選んだ40名弱の高得点グループのうち実に23名がTOP50に選ばれていました。ということは、審査の傾向に僕の目は追随できていたということもあると思いますが、その傾向が世界的にはっきりしていて世界中の審査員の写真を選ぶ視点がちゃんと傾向としてあるということでもあります。 僕の審査基準を少し書いておくと、以下のような作品は落としています。 美しくないと感じられる作品 人類・社会共通のテーマが描かれていない スケール感がない さすがにTOP200に絞り込まれた段階でこういう作品は少なく、僕がはじいたのは7名のみでした。 次に、審査上重要な作品だと感じられる基準を書いておくと、 美しい作品 パーソナルなものは強く、作品を作る上で合理的な新しい装置を有していて、家族や地域社会の絆、逆に社会からの孤立といった普遍的で客観的に評価できるポイントが含まれている 風景写真として何らかの社会問題に迫れていて、普遍性がある 壮大なスケールがあり、知らない世界を見せてくれ、新たな発見をもたらしてくれる などを考えながら選びました。 パーソナルな、あるいは身近な素材を使って撮影した作品は相変わらず多く、全体の60%は何らかの形でパーソナルなものでした。新しい装置、ということを説明するのは容易ではありませんが、要するに自分の所属する小さな単位であってもその社会単位において自分が何を感じ、何をつながり、あるいは疏外と感じているのかが明確に描かれており、多少強引であってもその描き方が新しいものは高得点になる、という感じだと思います。具体的には、例えば家族と過ごした場所の現在と過去の家族写真とを合成していたり、生活の苦しみの救いのなさが登場人物の表情ににじみ出るように描かれている作品だが、それが光源やロケーションであくまで淡々と美しく描かれているというような作品です。ただ、あまりにも内向きな作品となると、うんすごい、というリアクションにつながらず、評価を落としてしまう可能性もあると感じられました。 風景写真は、ただ風景があるような写真は皆無。社会的要素、例えば汚染など環境問題、人権などにインスパイアされたと一目でわかるような作品、しかもやはり汚染されていても美しく描かれているということは重要なポイントなんだと思います。 僕はあまり興味を抱きませんでしたが、抽象的な作品もいくつか入賞していました。一目見て意味がわからない作品は結局テキストを読む他に理解する方法がなく、例えばイメージを二つ並べて関連づけるような作品は、ほとんどの場合テキストに依存してしまうので僕なんかは苦手なのですが、TOP50には4名の作品が選ばれていました。 ちなみに、TOP50のうち12名はすでにReview Santa FeやMt.ROKKO INTERNATIONAL PHOTO [...]

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International Urban Photo Image @ Shenzhen Futian に参加して/星野尚彦

By |2015-11-10T23:34:49+09:0011月 10th, 2015|2015, Experience, NEWS, Story|

六甲山国際写真祭2015のポートフォリオレビューに参加した星野尚彦です。 深圳(Shenzhen)、香港の直ぐ北にある大陸。 まだ街ができて30年という若い街だが東京と同じくらいの人々が暮らしている。そして想像以上に美しい街並みの大都会。 その深圳市福田区(Futian)主催の写真祭が2015.10.16~26で開催された。     六甲山国際写真祭で写真をレビューしていただいたWang Xiさんからお誘いを受けて、同じく六甲山国際写真祭のレビューイであった阿部萌子さんと共に参加してきました。 中国での写真祭はwebにもほとんど情報あがっておらず、雰囲気さえ良く分からぬままでの参加です。 その上、展示する写真をサーバー上で送信、現地でプリント、そしてぶっつけ本番での展示であり、仕上がりのクオリティに不安を抱えたまま機上の人となりました。   このフォトフェスティバルはまだ歴史も浅く、かなりの突貫作業での開催と伺っていたのですが、会場も幾つかに分かれていてずいぶん大規模に展開している印象でした。 対日抗戦70年ということもあり、これにまつわる展示もあって日本人として避けて通れないものがありました。とは言え、Wang Xiさんはじめフォトフェスティバルディレクター、深圳市福田区長、参加されている中国人写真家の方々、皆さんとてもフレンドリーで楽しい時間を共有できたことは嬉しい収穫です。       私たちの展示はArtron Galleryと言うかなり大きな会場でした。 この会場は作家別の展示がされており、メインは中国ドキュメンタリーフォトの第一人者と言われているHou Dengke(1950-2003) 「麦客」。中国の農民を中心に、市井の人々を撮影された見応えのあるスナップショット。 そしてHenri [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『真剣に写真に取り組む写真家たちのための、密度が濃いアットホームな写真祭』後編 /林典子

By |2015-10-16T23:15:10+09:0010月 16th, 2015|2015, Experience, Mt.ROKKO, NEWS, Story|

林典子さん『真剣に写真に取り組む写真家たちのための、密度が濃いアットホームな写真祭』後編 です   前編はこちらから http://rokkophotofestival.com/blog/?p=12399   私はこれまで行ったことのある国外の写真祭はフランスのペルピニャンとカンボジアのアンコール・フォト・フェスティバルの2つだけです。 が少ないので比べるのは難しいのですが、六甲山国際写真祭はただ様子を見に来たというよりも、写真家の写真祭に参加する目的意志がはっきりしていて、写真家それぞれが自身の作品を高めるためのアイデアやヒントを探そうとされている方が多いような印象を持ちました。 小規模ではありますが、だからこそ写真家と写真家、写真家とレビュワーが密接に接することの出来る、質の高い写真祭になっているのだと思いますし、今後もこのような方向でずっと続いていってほしいなと思いました。 私は普段東京をベースに活動をしていますが、写真家同士のグループに所属したり他の写真家の方たちから写真について意見をもらったりという機会が滅多にありません。そのため六甲山での特にポートフォリオレビューの様子を眺めながら、こんなにたくさんの私と同じ日本人の写真家の方たちが写真活動をされているということと、その中で素晴らしい作品をたくさん目にして、とても刺激を受けました。 心残りなのは、今回どうしてもタイミング悪く海外での取材と重なってしまい、最後の1日半を残して神戸を出発しなければならなかったことが本当に悔しく、残念でした。 今取り組んでいるテーマの写真もある程度まとまってきたらいつかレビューという形で見ていただきたいなと思います。 また8月28日の夜に行われたナイトセッションで7名ほどの参加写真家の方たちや写真家のSILKE GONDOLFさんとテーブルを囲んでジャーナリズムについて自由に積極的に意見を出し合ったり質問をしたりといった時間がありました。 最後は時間が足りないくらいで、個人的にはもっともっと意見を言い合えたらなと思いました。 全体を通して写真に本当に真剣に取り組んでいる写真家たちによって作り上げられてきている密度の濃い写真祭でありながら、とてもアットホームな雰囲気なのが私にとっては居心地が良かったです。 日本だけで活動をしていると、言語のハンデもあるのかもしれませんが、海外の写真コミュニティーからは孤立したような印象を受けます。それはそれでいいという意見もあるかもしれませんが、私はもっとグローバルな視点が日本に根付き、国内外で作品を発表する機会が日本人写真家の中で増えて行くことを願っています。そのために六甲山国際写真祭が存在していると思いますし、ここで築かれたコミュニティーを大切にしていきたいとレポートを書きながら改めて思いました。   New bride Dinara, 22, takes a [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『真剣に写真に取り組む写真家たちのための、密度が濃いアットホームな写真祭』前編 /林典子

By |2015-10-12T08:47:02+09:0010月 12th, 2015|2015, Experience, Mt.ROKKO, NEWS, Story, 未分類|

六甲山国際写真祭にゲスト写真家として参加させていただきました、林典子です。この写真祭は、海外からの著名なレビュワーによるポートフォリオレビューや国内外の写真作家たちとじっくりと写真について意見交換をすることが出来る、とても貴重な機会であるにも関わらず、私自身が今回参加するまでこの写真祭について全く無知であったことが本当に勿体なかったです。 今回、六甲山国際写真祭で写真展のお誘いをいただいた時に、「この写真祭はアートやメディアとしての写真を社会に繋ぎ、さらに世界と日本の社会を繋ぎ、写真家が取り組んでいるプロジェクトを通して人々が世界の現状に目を向けてディスカッションを始めるきっかけしてもらいたい、、、」こういった目的があると伺いしました。それなりに平和な国で暮らす私たちの日々とは遠い地域で起きている問題をあえて直視する必要がないという日本の風潮や社会問題を扱った作品が敬遠されがちな日本の写真界の中で、パーソナルな作品やよりアート性の高い写真作品と同じように、よりジャーナリスティックな視点で社会問題を切り取った私の作品も丁寧に取り上げていただいたことを本当に感謝しています。 今回の写真祭で2012年から14年まで取材をした「Ala Kachuuキルギスの誘拐結婚」の展示をしていただきました。写真祭のオープニングに合わせて行われたトークイベントで、この問題についての私の思い、取材中のエピソードなどをお話しました。 中央アジアのキルギスでは、合意なく女性を奪い去り結婚をするAla Kachuu (アラ・カチュー 直訳では『奪って去る』)が横行し、地元の人権団体によると毎年1万人ほどの女性が被害にあっていると言われています。(Ala Kachuuについての詳細は、こちらを読んでいただけたらと思います→ (http://rokkophotofestival.com/blog/?page_id=11937)。   トークイベントでは、私が取材中にこの問題にどう向き合うべきか悩みながら撮影をしていたということについて主にお話をしました。その一つがAla Kachuuを「人権問題」としての問題提起を目的に伝えるか、それとも「文化紹介」として伝えるかということです。取材当初は、Ala Kachuuは女性に対する人権侵害という意識で取材を開始したのですが、取材を進めていくにつれ、かつてAla Kachuuで結婚をした結果幸せに暮らしている夫婦に多く出会ったこと、女性を誘拐したことのある男性たちと話をしても、ほぼ全員が実に常識があり、温かい人間的な方たちだったということもあり、取材を初めて2ヶ月後あたりから この問題を「人権問題」として伝えるべきなのか、それとも否定も肯定もせずに「キルギスの文化」として伝えるべきなのか悩むようになっていきました。 結果的に私は「人権侵害」としてこの問題を伝えることにしましたが、発表後は多くの方たちから、 日本人としての価値観を元に他国の「文化」を否定するのはおかしいという意見がありました。しかし、私が取材を通して「人権侵害」と結論付けたのは、女性の合意ないAla Kachuuはキルギスでも違法であること、決して伝統ではないこと、 婚約者がいるにもかかわらず誘拐され自殺に追い込まれた女性たちの遺族の苦しみを知ったこと、そして誘拐され今は幸せに暮らしている女性たちの多くが自分の娘にはAla Kachuuを経験しないで欲しいと話していたことなどが理由です。ただ写真展や写真集として発表させていただく際には、見ていただく方々に私の考えを押し付けるような編集(写真の選択や並べ方)の仕方ではなく、「文化」とも「人権侵害」と考えられている、このAla Kachuuの複雑さを複雑なままに伝える編集をするようにしています。そうすることで、私の写真をきっかけに、この問題についてのディスカッションを促せたらという想いがあります。 そして、もう一つ伝えたかったことは合意のないAla Kachuuは人権侵害であるということについての私の立場は変わらないのですが、誘拐された後に結婚した女性たちのことをセンセーショナルに伝えたくなかった、そして私の感情的にならず冷静な視点でこの問題を伝えたかったということです。日本語で「誘拐結婚」と訳されるとどうしてもセンセーショナルに聞こえてしまい、どちらかというとニュース的な誘拐される場面の写真ばかりが注目されてきたことを残念に思っていました。誘拐された瞬間に女性たちの人生が終わるわけではないからです。取材を通して、誘拐されたばかりのある一人の女性の結婚式に立ち会う機会がありました。その後に彼女が試行錯誤しながらもどうやって新しい村の家庭に入っていったのか、その1年半後には彼女が母親になる瞬間にも立ち会いました。彼女をずっと取材して感じたのは、突然見知らぬ土地に嫁ぐことになった若い女性が、今は近所付き合いも家事もそつなくこなし、この村でずっと生きていくことを受け止め、思い描いていた未来を奪われても、必ずここで幸せになってみせるというというような覚悟さえ感じたことです。私が切り取ったのは彼女の人生のほんの一部にすぎません。彼女が母親になった時に、これからの彼女の人生も見続けていきたいと改めて思いました [...]

六甲山国際写真祭2015アフターリポート『真剣に写真に取り組む写真家たちのための、密度が濃いアットホームな写真祭』前編 /林典子 はコメントを受け付けていません

六甲山国際写真祭2015アフターリポート『Steven Lee氏のWSに参加して』/音田佳菜子

By |2015-10-05T19:44:00+09:0010月 5th, 2015|未分類|

こんにちは。 今回六甲山国際写真祭ワークショップのアフターリポートを書かせてもらうことになりました、音田佳菜子です。 第一回六甲山国際写真際祭ポートフォリオレビューのレビューイーとして参加し、第二回、第三回とボランティアスタッフとして参加しました。   8月30日、Kuala Lumpur International Photo Awardの共同創設者である、Steven Lee氏を講師に迎えたワークショップに参加しました。KLPAは主にポートレート写真の単写真の写真賞です。 ワークショップでのタイトルは「写真賞で入選するために知っておくべきこと」 世界にはたくさんのコンペがあり、その形式も審査員も様々で、選考基準も異なります。 一概に、これをすれば必ず入選するという決まったことはないということを伝えたうえで、賞の話をする前に現代のポートレートというカタチがどうゆうものかを皆でディスカッションしながら、進めていきました。 まずは世界のポートレートの歴史をスライドの資料をみながら振り返りました。 知っている写真家もいれば、初めて耳にする写真家の話もあり、とても興味深いスライドでした。 ・正面からみつめているいわゆる正統派のポートレート。 ・人よりもコンセプトを重視したポートレート。 ・世間に目的を伝えるためのドキュメンタリーも兼ね備えたポートレート。 ・ファッションを重視したポートレート。 ・女優や俳優を写し、コマーシャルとして撮るポートレート。 さまざまな手法や技術を、たくさんの写真家が作り出し、今のポートレートは無限のものとなりました。 これはポートレートを撮っていくうえでとても勉強になりましたし、もっと自分でも勉強しなくては!と思いました。   [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『これからの大きな糧』/林田真季

By |2015-09-24T20:16:45+09:009月 24th, 2015|未分類|

六甲山国際写真祭2015のポートフォリオレビューに参加しました林田真季です。   六甲山は地元ということもあり、今年初めての参加を決めました。 そして、Emerging Photographer's Showのスライドショー作家にも選んで頂きました。けれども、特に2日目のレビューがあまり上手くいかず、私は全てのレビュー終了時にかなり落ち込んでいました。そんな状況の中で、レビュー後の写真祭のイベントがノンストップで続きました。   六甲山カンツリーハウスに会場を移し、まず行われたのがオープンポートフォリオビューイング。レビューを受けた作家の作品が一般公開されるプログラムです。私も学生時代の友人と話すことができ、落ちていた気分が少し晴れました。わざわざ足を運んでくれた友人にとても感謝です。 その他、レビュワーも含めてたくさんの人に作品を見て頂きました。ここで自分の作品を何回も説明するうちに、レビューのときには上手くできなかった作品のプレゼンがだんだん上手くなっているような気がしました。数をこなすことが必要、とわきまえた瞬間でした。   次に行われたのが、メインゲスト作家Wenxin ZhangとHaley Morris-Cafieroのトークショー。レビュワーもレビューを受けた作家も一緒になって参加したプログラムです。トークショーが始まる前にはみんなでスナックを分け合ったり、和気あいあいとしていました。私は、レビューを受けた際には緊張して上手く話せなかったAndreas Müller Pohleとたわいもない会話を楽しめて、また少し気分が晴れました。写真の世界でもまずはコミュニケーション、と痛感した瞬間でした。   最後に行われたのが、Emerging Photographer's Showのスライドショー。 私のように、今回のレビューに参加した作家からも複数名選ばれました。私はトークショー終了後あたりから、自分がスライドショー作家であることを急に自覚しはじめ、とてつもなく緊張してきました。初めてのことに見劣りしないか不安でいっぱいになりましたが、解説や音楽とともに大きなスクリーンで映し出される自分の作品を見たとき、素直にただ嬉しさでいっぱいになりました。落ちていた気分が一気に晴れた瞬間でした。   私はこの写真祭に参加して、たくさんの出会いを得ました。レビュワーや写真祭関係者はもちろん、貴重な同志の仲間にも恵まれました。そして、それらの出会いを通し、インターナショナルな写真家に求められる様々な能力を目の当たりにしました。撮影する力はもちろん、リサーチする力、編集(画像処理ではなく、見せ方の編集)する力、ストーリーを組み立てる力、強いステートメントを書く力、オーディエンスをマーケティングする力、そしてプレゼンする力。さらに日本人には、それら全てを英語でもできる力も必要です。 特に「日本の地方」を作品の題材としている私の場合、日本人に対してと外国人に対してでは伝える内容自体を変えたほうが良く、ただの英訳では不十分です。決して容易なことではありません。でもだからこそ、全ての能力を備えた写真家になりたい、とはっきり目標を持ちました。 [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『必ず扉が開きます』/山縣 勉

By |2015-09-16T13:40:17+09:009月 16th, 2015|未分類|

六甲山国際写真祭、第一回をゲスト写真家として、第三回をレビューイとして参加してくださった、山縣 勉さんに今回の写真祭の感想をインタビューさせていただきました。   Q,  六甲山国際写真祭に一回、三回と参加されてどう言う印象をうけましたか?   A,  2013年の第一回はアントワン・ダガタの講演を聴くために参加しました。たった一日でしたが、展示やレビューの現場も見て回りました。 今年の第三回はスライドショーに参加させていただき、またレビューも受けさせていただきました。正直にいうと、2年ぶりに参加して驚きました。綿密に練られた企画とスケジュール、展示やワークショップの内容、レビューや展示会場の質、会場間の移動や運営サポートなど、どれをとってもレベルアップされ、主催者やボランティアの方々の熱い気持ちがひしひしと伝わってきました。おかげさまでストレスを感じることなく密度の濃い3日間を過ごすことができました。いや、むしろ朝から深夜まで写真漬けの日が続き、脳が休まる暇もないほどでした。きっと参加者のほとんどが、すべてを出し切り、吸い切った写真祭だったのではないでしょうか。     Q, 国内外のフォトフェスティバルとここが違うなどの六甲山国際写真祭の特徴など感じた事を聞かせてください。   A, 例えばアルルフォトフェスティバルや京都グラフィーなどは街をあげての祭りで、大規模な展示やスライドショーはとても見ごたえがあります。その中でポートフォリオレビューは付属イベントの一つに位置づけられています。写真家たちも自分のレビュータイムが終わってしまえば帰っていきます。もちろん個人差や程度の差こそありますが、多くが持参した作品の受けが良かった悪かったということだけにとどまってしまっているような気がします。 一方で六甲山国際写真祭は、質の高い展示やスライドショーもありながら、あくまでレビューを中心に置き、レビュアーを含めて全員が参加するレセプションやディスカッション、クロージングパーティーなどが休みなく3日間続きます。宿泊する建物もみな一緒です。高名な海外レビュアーに写真を見てもらった後にパーティーでビールを飲みながら肩を並べて雑談し、翌朝には「おはよう!よく眠れた?」などとあいさつを交わすという雰囲気ができていきます。 レビューはよくお見合いに例えられます。どんな業界であっても、これから一緒に仕事をする相手を決めるときに、お互いの人間的な信頼関係が必要になります。写真業界においても、写真の出来はもちろんですが、将来に向けてしっかり仕事をしていける人か、歩調を合わせられる人かを見る必要があります。顔を知っている、何度か会って話したことがある、あの時一緒に酒を飲んだ、作品を継続して見ているといった、点が線となっていく関係性が大切だと思うのです。そしてレビュー自体はその最初の出会い、お見合いの場だと思うのです。最初の点であり、スタート地点です。もちろん写真家側にとっても、レビュアーがどのような人なのか無意識のうちに探りつつ、パイプを繋ぎはじめる場になります。また、おもしろいことにレビュアー間においてもこの場での出会いから新しい企画に繋がっていくことがあるようです。六甲山国際写真祭の規模は決して大きくはありません。逆にコンパクトだからこそ濃密な場が作られている。立場を超えた縦横交流の場の提供、そこから生み出されていく国を越えた新しいネットワーク、国際感覚を持った写真家層の育成、そしてもちろんこの場をチャンスとして世界へ突き抜けていく人を作っていく。そうした助成的な精神が企画の随所に感じられます。レビューサンタフェにも同様の精神を強く感じますが、六甲山国際写真祭はややコンパクトである分、さらに濃厚であると思います。     Q, 六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加されて感じた事をお聞かせください。また成果など有りましたか?   A, おもしろいと思ったのが、レビューがはじまる朝、30分前になってようやく写真家毎のレビュアーが発表になったことです。もちろん写真家は事前に希望するレビュアーを提出しておきますが、それが通るとは限らない。普通は前もってレビュアーがどんな立場の人なのか、それに応じてどのように話そうか見せようかをイメージしておきますが、それができないわけです。主催者の意図は聞きませんでしたが、スタート30分前にスケジュール表が配られた時の会議室の空気は、学生時代に試験でヤマをはり、裏返しに配られたテスト用紙を表に返して問題に目を通す瞬間を思い出させてくれました。緊張感をいただき、どうもありがとうございました。 レビューがはじまり、半日もたつと写真家のあいだに「同志」という感情が芽生え、待合室の雰囲気がガラリと変わりました。お互いに写真を見せ合い、どのレビュアーがどんな反応だったかという情報が飛び交います。さっきは落ち込んだ表情だった人が、今度は満面の笑みでレビュー会場から戻ってきて皆に出迎えられたりする。二日目になると待合室はかなりリラックスした雰囲気になりました。中には横になって居眠りしている人も。そして同志的な感覚からより親密な関係性になってきているのが手にとるようにわかりました。 僕自身は今回、現在製作中のプロジェクトを持参しました。ほぼ撮影は終了し、これから写真集の作成に向けてセレクト編集作業に入ろうとしているものです。レビューによって今後の編集に向けた知恵が欲しかったし、海外レビュアーにテーマがどう伝わるか知りたいと思っていました。3人のレビュアーに見ていただき、「あなただったらどうセレクトし、どう組みますか」という聞き方をしました。意外なことに三者三様でしたが、どのレビュアーの方法もとても興味深いもので、今後の編集の方向性についてとても参考になる有意義なレビューでした。     [...]

六甲山国際写真祭2015アフターリポート『必ず扉が開きます』/山縣 勉 はコメントを受け付けていません

写真祭を振り返る-展覧会その3

By |2017-07-03T13:36:33+09:009月 13th, 2015|未分類|

Review Santa FeやAngkor Photo Festivalに関わっている関係で、そこに参加していた写真家のプロジェクトをいくつか六甲山国際写真祭に呼び込みました。 まず、Emmanuel Angelikas。この人はAngkor Photo Festivalで会い、Max Pamとともにいろいろ話し合った写真家です。彼の作品はかつて京都のPrinzというギャラリー、レストラン、宿泊施設をもつアート総合施設で取り扱いがあったとのこと。日本にも度々きているということで作品を一通り見せてもらいました。現在はなかり過激なSEXをモデル撮影で取り扱うなど異端の作家ですが、かつてはオーストラリアのシドニー近郊のMarrickvilleという場所で撮影した作品などで活躍した作家です。この作品が重要なのは、7歳でカメラを手にしてから現在まで、一つの街の表と裏、風景や人々、風俗をなんら制限なく踏み込んで撮影しているところです。裏通りの奇人変人、街の文化的な要素、そして移民社会の影とSEXなど、撮影する対象は限りなく、その膨大なアーカイブは感心するほどでした。大切なのは、一つの街を撮り尽くすこと。そしてそれが終わったと感じられても結局は戻ってきてさらに踏み込んで撮影しようというその姿勢なのです。六甲山国際写真祭は彼のあらゆる種類の写真を展示しようと試みました。写真とは何か。写真家とは何かを問うとき、まさに尽きない好奇心で世界を見つめることがいかに大切であるかを、彼の作品を通じて感じて欲しいと思います。 ©RÚBEN SALGADO ESCUDRERO Ruben Salgado EscuderoもAngkor [...]

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