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展覧会「境界線を越えて」大阪ニコンサロンにて/後編

By |2016-02-16T18:15:42+09:002月 16th, 2016|2016, Experience, NEWS, Story|

前編/http://rokkophotofestival.com/blog/?p=12533 石井さんの作品について 杉山:石井さんの作品は、言うまでもなく日常的に町や町の人々に混じって鹿が闊歩する光景を収めた写真です。犬や猫であれば生活の中に馴染む見慣れた風景も、石井さんにとっては驚くべき光景だったということが撮影を始めたきっかけだったのです。普段であればあまり意識しない「鹿」という存在が、写真の中では生き生きととらえられていて、私たちにとっての鹿と町、人々との思わぬ関わりを知らせてくれる非常に見応えのある写真シリーズに仕上がってきたわけです。 そのことを知ったのは、2013年に初開催した六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加された時でした。それまでも、またそこからさらに努力を重ねて写真を撮影し続け、現在の展覧会につながってきたわけです。       写真は基本的にドキュメンタリー、ジャーナリズムの手法を取っていて、感情的な要素、あるいは恣意的なアートの要素を可能な限り排除していることがわかります。目の前で繰り広げられる鹿の様子を正直に、端的に見せることの方が、アートのような要素を加えるより、鹿と町、人々とのつながりの実態をうまく伝えられると考えたからにほからないないでしょう。また、ジャーナリズムの手法でもっとも大切なことは、情報の正確さ、幅を得るために、現場にもどって撮影を続けることです。石井さんは、雨の日も、風の日も、暑い日も寒い日も、時間があれば泊りがけで奈良公園やその周辺に取材し、本当に膨大な量の鹿の生態の記録を取り続けてきました。 その後、何度かお目にかかるうちに、その努力の結果が次第に明らかになってきました。作品は、奈良や宮島での生態だけではなく、シビエ食や、いわゆる鹿害といわれるものへと拡張されていったのです。こうやって、石井さんは自他共に、また名実ともに「鹿写真家」を名乗るようになりました。もはや日本で鹿を撮らせたら右に出るものはいないことは間違いがないことです。そしてその努力は色々な方面で認められつつあります。まず、一昨年2014年に六甲山国際写真祭のレビューワーとして招いたアンコール・フォト・フェスティバルのフランソーワーズ・キャリエ女史に認められ、その年の12月、カンボジアでスライドショー作家に選抜されました。また、しかしか写真集出版、ニコンサロンでの展覧会と、次第にその活動が認められてきています。   石井:まず、「鹿写真家」として認知していただくことが大事だと思いました。アートなのかドキュメンタリーなのか悩んだ時期もありましたが、ファインアートではないけれど、人に影響を与えることはアートじゃないか?と思いました。 今回、仲よくさせていただいている土産物店(よく鹿が遊びにくる物産店)の方に写真集をお見せしたのですが、もう見かけなくなってしまった鹿たちが写真集に入っていることをとても喜んでくれ、涙してくれました。記録するということも大事だなと思いました。 石井:今回の展覧会は、奈良、宮島で鹿が街の中を歩いているシリーズでしたが、今後、神の使いとして神社、仏閣に入り込んでいる鹿のシリーズや北海道、九州の鹿、また、人間の都合で害獣として駆除されている鹿についてもまとめたいと思っています。   この展覧会を通じて今後六甲山国際写真祭に参加を検討している人たちへ一言 石井:六甲では海外からとてもレベルの高いレビューワーや写真家が参加する、まさに国際的な写真祭です。また、20分間しか会話の機会がない一般的なポートフォリオレビューとは違い、3日間、寝食を共にして写真のことを熱く語り合うことで、切磋琢磨しあえる作家仲間もできます。まさに、これが写真のコミュニティなんだと思います。私自身にとってもとても大切な場所なので、このコミュニティを守り、さらに発展させていくために私たち作家たちも一緒に貢献していくのが大切だと思いますし、それもまた楽しくやりがいのあることだと思います。   インタビュー/ 尾崎 ゆり 記録写真/  松井 泰憲 投稿者/ オカモト ヨシ   [...]

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展覧会「境界線を越えて」大阪ニコンサロンにて/前編

By |2016-02-12T10:51:33+09:002月 12th, 2016|2016, Experience, NEWS, Story|

第1回、第3回と六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加された石井陽子さんの展覧会「境界線を越えて」が銀座ニコンサロンと大阪ニコンサロンで開催されました。   大阪ニコンサロンに踏み込むと、たくさんの鹿の情景。これだけの力作を展示するとなると大変なご苦労と時間と努力(コストも)があっただろうなぁととても感銘しました。 奈良と宮島の鹿の展示でしたが、奈良の写真は鹿たちが夜眠る森から春日大社への朝の出勤風景だという話や宮島の写真は海に鹿がいるという情景の面白さと、宮島の鹿は夜も活動しているので不良の鹿が撮れるという面白いお話がありました。また、鹿を撮る際の苦労話や杉山氏をはじめ、いろいろな出会い、今後の事など、石井陽子さんとディレクターの杉山氏とのトークショーをレポートいたします。   なぜ「鹿」? 石井: 2012年3月に仕事で奈良に出張しました。せっかくなので、朝早く写真を撮りにいったら、道路の真ん中に鹿のカップルがいて、人がいなくなった廃墟に鹿がいるというようなイメージが見えた気がして鹿を撮り始めました。 。その頃は震災の後で世の中が暗く、御苗場で出展したときも福島のはぐれ牛と重ねて見る方が多かったです。普通の街の風景と違う風景が見えるのがとても魅力的でした。   杉山さんとの出会いと今回のトークショーへの心境 杉山:「鹿写真家」として認知され、自費出版ではなく企画物としてリトルモアから写真集「しかしか」を出版し、今回ニコンサロンでの展覧展となったことを非常に喜んでいます。 石井さんと初めてお会いしたのは2012年9月23日に三鷹で開催された小さな写真イベントでレビューをした時にお目にかかったことがきっかけだったと記憶しています。 その頃、ギャラリーとしてアート写真を主に取り上げていた関係もあって、石井さんの作品に関してあまり興味を持てず、いい評価を伝えることができなかったのをよく憶えています。   石井: その時お見せしたのは、奈良の鹿とインドネシアのバリ島で撮った鹿の写真でしたが、まったく興味を持っていただけなくてがっかりしたことをよく覚えています。 2 度目にお会いしたのは2013年8月1日に渋谷で開催されたフォトラウンジの時です。杉山さんはその年の11月に開催することになっていた第1回の六甲山国際写真祭の紹介をプレゼンされて、私は奈良と宮島の鹿のシリーズをプレゼンしました。この時に、六甲のポートフォリオレビューの事前審査を受けてみたら?と杉山さんに勧められて、「あ、少し鹿プロジェクトを認めてくれたのかも」とすごく嬉しく思いました。審査に通って、2013年11月に第1回の六甲で写真合宿ともいうべき濃密な時間を過ごしてからは、杉山さんは私の中で最も大切な評価者の一人になっています。   杉山: 彼女の活動はFacebook等でずっと見ていました。会っていない間にも、ものすごい量の写真と撮ってきて、奈良へ撮影に来るたびに神戸のTANTO TEMPOにも来てくれました。「鹿」という概念が覆され、いいシリーズになるんじゃないか?と思い、六甲国際写真祭への参加を託しました。彼女が目指しているものが見えるようになりました。 [...]

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『六甲山国際写真祭のレビュアーとして感じた事』- タカザワケンジ

By |2016-01-17T18:27:14+09:001月 17th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, Portfolio Review|

六甲山国際写真祭2015にレビュアーとして参加してくださったタカザワケンジさんにお話を伺ってきました。   タカザワケンジさんは、1968年前橋市生まれ。91年早稲田大学第一文学部卒。 表現としての写真の可能性に関心を抱いて、写真作品とそれをめぐる状況についてリサーチを続けており、写真評論、写真家インタビューを雑誌に寄稿。 リサーチの一環として、写真集の編集も手掛けています。『Study of PHOTO 名作が生まれるとき』(ビー・エヌ・エヌ新社)日本語版監修、渡辺兼人写真集『既視の街』(東京綜合写真専門学校{AG GALLERY)の構成と解説を担当。東京造形大学非常勤講師を務めるなど写真教育にも精力的に取り組んでいます。   タカザワケンジさんと六甲山国際写真祭との関わり 六甲山国際写真祭のことは以前から聞いたことがあり、興味は持っていました。2014年11月にフランスで開催されたPHOTO OFF PARIS でRAIECのディレクターでギャラリーTanto Tempoのディレクターでもある杉山武毅さんと出会っていろいろ話をさせていただいたのが縁で、レビュアーに呼んでいただきました。   Q1:  今までの六甲の全体的印象はいかがでしたか? A:まず、六甲、神戸というロケーションがいいですね。海があって山があって、写真展巡りをしながら街を歩けるのがいいなと思いました。いい意味でこじんまりしていて、展示も屋内だけでなく屋外でも開催されていてバラエティ感がありました。   運営している方たちの顔が見えてフレンドリーなのも好感が持てます。それでいて、海外のレビュアーや写真家も参加していて、国際性があるのがすごくユニークですね。   [...]

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International Urban Photo Image @ Shenzhen Futian に参加して/星野尚彦

By |2015-11-10T23:34:49+09:0011月 10th, 2015|2015, Experience, NEWS, Story|

六甲山国際写真祭2015のポートフォリオレビューに参加した星野尚彦です。 深圳(Shenzhen)、香港の直ぐ北にある大陸。 まだ街ができて30年という若い街だが東京と同じくらいの人々が暮らしている。そして想像以上に美しい街並みの大都会。 その深圳市福田区(Futian)主催の写真祭が2015.10.16~26で開催された。     六甲山国際写真祭で写真をレビューしていただいたWang Xiさんからお誘いを受けて、同じく六甲山国際写真祭のレビューイであった阿部萌子さんと共に参加してきました。 中国での写真祭はwebにもほとんど情報あがっておらず、雰囲気さえ良く分からぬままでの参加です。 その上、展示する写真をサーバー上で送信、現地でプリント、そしてぶっつけ本番での展示であり、仕上がりのクオリティに不安を抱えたまま機上の人となりました。   このフォトフェスティバルはまだ歴史も浅く、かなりの突貫作業での開催と伺っていたのですが、会場も幾つかに分かれていてずいぶん大規模に展開している印象でした。 対日抗戦70年ということもあり、これにまつわる展示もあって日本人として避けて通れないものがありました。とは言え、Wang Xiさんはじめフォトフェスティバルディレクター、深圳市福田区長、参加されている中国人写真家の方々、皆さんとてもフレンドリーで楽しい時間を共有できたことは嬉しい収穫です。       私たちの展示はArtron Galleryと言うかなり大きな会場でした。 この会場は作家別の展示がされており、メインは中国ドキュメンタリーフォトの第一人者と言われているHou Dengke(1950-2003) 「麦客」。中国の農民を中心に、市井の人々を撮影された見応えのあるスナップショット。 そしてHenri [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『真剣に写真に取り組む写真家たちのための、密度が濃いアットホームな写真祭』後編 /林典子

By |2015-10-16T23:15:10+09:0010月 16th, 2015|2015, Experience, Mt.ROKKO, NEWS, Story|

林典子さん『真剣に写真に取り組む写真家たちのための、密度が濃いアットホームな写真祭』後編 です   前編はこちらから http://rokkophotofestival.com/blog/?p=12399   私はこれまで行ったことのある国外の写真祭はフランスのペルピニャンとカンボジアのアンコール・フォト・フェスティバルの2つだけです。 が少ないので比べるのは難しいのですが、六甲山国際写真祭はただ様子を見に来たというよりも、写真家の写真祭に参加する目的意志がはっきりしていて、写真家それぞれが自身の作品を高めるためのアイデアやヒントを探そうとされている方が多いような印象を持ちました。 小規模ではありますが、だからこそ写真家と写真家、写真家とレビュワーが密接に接することの出来る、質の高い写真祭になっているのだと思いますし、今後もこのような方向でずっと続いていってほしいなと思いました。 私は普段東京をベースに活動をしていますが、写真家同士のグループに所属したり他の写真家の方たちから写真について意見をもらったりという機会が滅多にありません。そのため六甲山での特にポートフォリオレビューの様子を眺めながら、こんなにたくさんの私と同じ日本人の写真家の方たちが写真活動をされているということと、その中で素晴らしい作品をたくさん目にして、とても刺激を受けました。 心残りなのは、今回どうしてもタイミング悪く海外での取材と重なってしまい、最後の1日半を残して神戸を出発しなければならなかったことが本当に悔しく、残念でした。 今取り組んでいるテーマの写真もある程度まとまってきたらいつかレビューという形で見ていただきたいなと思います。 また8月28日の夜に行われたナイトセッションで7名ほどの参加写真家の方たちや写真家のSILKE GONDOLFさんとテーブルを囲んでジャーナリズムについて自由に積極的に意見を出し合ったり質問をしたりといった時間がありました。 最後は時間が足りないくらいで、個人的にはもっともっと意見を言い合えたらなと思いました。 全体を通して写真に本当に真剣に取り組んでいる写真家たちによって作り上げられてきている密度の濃い写真祭でありながら、とてもアットホームな雰囲気なのが私にとっては居心地が良かったです。 日本だけで活動をしていると、言語のハンデもあるのかもしれませんが、海外の写真コミュニティーからは孤立したような印象を受けます。それはそれでいいという意見もあるかもしれませんが、私はもっとグローバルな視点が日本に根付き、国内外で作品を発表する機会が日本人写真家の中で増えて行くことを願っています。そのために六甲山国際写真祭が存在していると思いますし、ここで築かれたコミュニティーを大切にしていきたいとレポートを書きながら改めて思いました。   New bride Dinara, 22, takes a [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『真剣に写真に取り組む写真家たちのための、密度が濃いアットホームな写真祭』前編 /林典子

By |2015-10-12T08:47:02+09:0010月 12th, 2015|2015, Experience, Mt.ROKKO, NEWS, Story, 未分類|

六甲山国際写真祭にゲスト写真家として参加させていただきました、林典子です。この写真祭は、海外からの著名なレビュワーによるポートフォリオレビューや国内外の写真作家たちとじっくりと写真について意見交換をすることが出来る、とても貴重な機会であるにも関わらず、私自身が今回参加するまでこの写真祭について全く無知であったことが本当に勿体なかったです。 今回、六甲山国際写真祭で写真展のお誘いをいただいた時に、「この写真祭はアートやメディアとしての写真を社会に繋ぎ、さらに世界と日本の社会を繋ぎ、写真家が取り組んでいるプロジェクトを通して人々が世界の現状に目を向けてディスカッションを始めるきっかけしてもらいたい、、、」こういった目的があると伺いしました。それなりに平和な国で暮らす私たちの日々とは遠い地域で起きている問題をあえて直視する必要がないという日本の風潮や社会問題を扱った作品が敬遠されがちな日本の写真界の中で、パーソナルな作品やよりアート性の高い写真作品と同じように、よりジャーナリスティックな視点で社会問題を切り取った私の作品も丁寧に取り上げていただいたことを本当に感謝しています。 今回の写真祭で2012年から14年まで取材をした「Ala Kachuuキルギスの誘拐結婚」の展示をしていただきました。写真祭のオープニングに合わせて行われたトークイベントで、この問題についての私の思い、取材中のエピソードなどをお話しました。 中央アジアのキルギスでは、合意なく女性を奪い去り結婚をするAla Kachuu (アラ・カチュー 直訳では『奪って去る』)が横行し、地元の人権団体によると毎年1万人ほどの女性が被害にあっていると言われています。(Ala Kachuuについての詳細は、こちらを読んでいただけたらと思います→ (http://rokkophotofestival.com/blog/?page_id=11937)。   トークイベントでは、私が取材中にこの問題にどう向き合うべきか悩みながら撮影をしていたということについて主にお話をしました。その一つがAla Kachuuを「人権問題」としての問題提起を目的に伝えるか、それとも「文化紹介」として伝えるかということです。取材当初は、Ala Kachuuは女性に対する人権侵害という意識で取材を開始したのですが、取材を進めていくにつれ、かつてAla Kachuuで結婚をした結果幸せに暮らしている夫婦に多く出会ったこと、女性を誘拐したことのある男性たちと話をしても、ほぼ全員が実に常識があり、温かい人間的な方たちだったということもあり、取材を初めて2ヶ月後あたりから この問題を「人権問題」として伝えるべきなのか、それとも否定も肯定もせずに「キルギスの文化」として伝えるべきなのか悩むようになっていきました。 結果的に私は「人権侵害」としてこの問題を伝えることにしましたが、発表後は多くの方たちから、 日本人としての価値観を元に他国の「文化」を否定するのはおかしいという意見がありました。しかし、私が取材を通して「人権侵害」と結論付けたのは、女性の合意ないAla Kachuuはキルギスでも違法であること、決して伝統ではないこと、 婚約者がいるにもかかわらず誘拐され自殺に追い込まれた女性たちの遺族の苦しみを知ったこと、そして誘拐され今は幸せに暮らしている女性たちの多くが自分の娘にはAla Kachuuを経験しないで欲しいと話していたことなどが理由です。ただ写真展や写真集として発表させていただく際には、見ていただく方々に私の考えを押し付けるような編集(写真の選択や並べ方)の仕方ではなく、「文化」とも「人権侵害」と考えられている、このAla Kachuuの複雑さを複雑なままに伝える編集をするようにしています。そうすることで、私の写真をきっかけに、この問題についてのディスカッションを促せたらという想いがあります。 そして、もう一つ伝えたかったことは合意のないAla Kachuuは人権侵害であるということについての私の立場は変わらないのですが、誘拐された後に結婚した女性たちのことをセンセーショナルに伝えたくなかった、そして私の感情的にならず冷静な視点でこの問題を伝えたかったということです。日本語で「誘拐結婚」と訳されるとどうしてもセンセーショナルに聞こえてしまい、どちらかというとニュース的な誘拐される場面の写真ばかりが注目されてきたことを残念に思っていました。誘拐された瞬間に女性たちの人生が終わるわけではないからです。取材を通して、誘拐されたばかりのある一人の女性の結婚式に立ち会う機会がありました。その後に彼女が試行錯誤しながらもどうやって新しい村の家庭に入っていったのか、その1年半後には彼女が母親になる瞬間にも立ち会いました。彼女をずっと取材して感じたのは、突然見知らぬ土地に嫁ぐことになった若い女性が、今は近所付き合いも家事もそつなくこなし、この村でずっと生きていくことを受け止め、思い描いていた未来を奪われても、必ずここで幸せになってみせるというというような覚悟さえ感じたことです。私が切り取ったのは彼女の人生のほんの一部にすぎません。彼女が母親になった時に、これからの彼女の人生も見続けていきたいと改めて思いました [...]

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