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六甲山国際写真祭2019 参加者写真家エントリー期間延長【5月19日まで】

By |2019-04-24T15:01:50+09:004月 24th, 2019|2019, Mt.ROKKO, Portfolio Review, Story, Workshop|

六甲山国際写真祭2019 エントリーを迷われている方に朗報です!参加写真家事前審査のエントリー期限が延長になりました。締切:5月19日(日)日本時間23:59 ぜひこの機会にご応募ください。      OPEN CALL 2019 EXHIBITION 公募作品募集要項 募集部門 自由部門 / テーマ "MY PLACE  MY LIFE" 各部門上位3名の作品を六甲山国際写真祭2019で展示 受賞者には六甲山国際写真祭2019ポートフォリオレビュー に参加する権利が与えられる 募集要項詳細へ   PORTFOLIO [...]

六甲山国際写真祭 2019 展示作品公募&ポートフォリオレビュー 参加者写真家エントリー締め切り迫る【4月30日まで】

By |2019-04-20T15:47:28+09:004月 20th, 2019|2019, Mt.ROKKO, Portfolio Review, Story, Workshop|

六甲山国際写真祭2019  参加写真家事前審査のエントリー締切が近づいています。    OPEN CALL 2019 EXHIBITION 公募作品募集要項 募集部門 自由部門 / テーマ "MY PLACE  MY LIFE" 各部門上位3名の作品を六甲山国際写真祭2019で展示 受賞者には六甲山国際写真祭2019ポートフォリオレビュー に参加する権利が与えられる 募集要項詳細へ   PORTFOLIO REVIEW ポートフォリオレビュー [...]

六甲山国際写真祭2019 参加写真家エントリー受付スタート

By |2019-03-14T19:10:04+09:003月 14th, 2019|2019, Mt.ROKKO, Photographer, Portfolio Review, RAIEC, Story|

OPEN CALL 2019 EXHIBITION / PORTFOLIO REVIEW For more information → OPEN CALL 2019 六甲山国際写真祭2019参加写真家のエントリー受付が始まりました。 今年はポートフォリオレビュー参加者 に加え、展示作品も公募します。 応募期間:2019年3月14日(木)―4月30日(火) 応募費用:1シリーズにつき6,000円(3/31までのエントリーは早期割引適用5,000円) 結果発表:6月上旬にメールで通知 応募方法:オンラインエントリーのみ   六甲山国際写真祭2019 [...]

六甲山国際写真祭に参加して / 岡原功祐

By |2017-07-03T18:24:44+09:004月 28th, 2017|Experience, Mt.ROKKO, Photographer, Photography, Story|

こんばんは、六甲山国際写真祭2017ポートフォリオレビュー事前審査の募集も4月30日までと迫ってきました。 去年の夏の四回目の写真祭の招待作家で参加していただいた岡原 功祐さんから素敵なトークと展示を発表していただいた様子のリポートを預かっています。   六甲山国際写真祭に参加させて頂いた、岡原功祐です。今回、私の作品「Fukushima Fragments」を展示していただきました。 写真展で展示したプリントは、3月に東京で行った写真展のものを神戸に運んで頂き、展示したものですが、大きなシートにステートメントを印刷して頂き、ました。ステートメントはこの作品にとってとても大事な部分なので、こうしてこのプロジェクトを大切に扱って頂いたことにとても感謝しています。 さて、始めて参加させていただいた六甲山国際写真祭ですが、ボランティアの方々を含め、運営の方たちにとても温かく迎えて頂き、素晴らしい時間を過ごすことができました。 初日のトークでは撮影のプロセスを、写真を見せながらお話しさせて頂きました。5年半前の震災は、物理的にも精神的にも難しい撮影でした。今回こうして関西で福島についてお話しさせて頂く機会をいただけて、とてもありがたかったです。 2011年の震災後、何度か関西を訪れる機会が有りましたが、そのたびに東日本とは全く違う空気が漂っていることにショックを受けると同時に、ほっとする自分がいたのを思い出しました。逆に、神戸の震災の時は東京にいて(高校受験の当日でした)、テレビのニュースから流れる映像にショックを受けつつも、実際に現場を見ることはありませんでした。すでに21年もの月日が流れたということに驚きを隠せません。       フェスティバルでは、トークの他に、ポートフォリオレビューにもレビュアーとして参加させていただきました。皆さん準備が素晴らしく、一緒に参加していたシンガポールや中國からのレビュアーも驚いていました。レビューを受ける方同様、私も撮る方なので、作品作りの難しさなどについて共感できるところも多く、何かしら良いものを持ち帰っていただけたらと思いレビューさせて頂きました。私とは畑違いの作品も多く見させて頂きましたが、写真を通すと不思議と見えてくることが多々あり、改めて写真という媒体について考えさせられました。作品は人に見られてなんぼだと思うので、こういったレビューの場は、作品が飛び立っていく上でとても大事だと感じます。 フェスティバルというよりは参加者の強化合宿のような色合いが強い場でしたが、こういった機会は日本では中々ありません。写真教育を中心に据えて行うという理念も素晴らしいと思います。このフェスティバルが、国内の写真教育の重要な場として今後も末永く続くことを祈っています。       六甲山国際写真祭2017ポートフォリオレビュー事前審査のエントリーフォームはコチラになっております。 http://rokkophotofestival.com/blog/?page_id=11357      

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Shenzhen International Urban Image Festivalに来ています

By |2016-09-24T02:51:03+09:009月 24th, 2016|2016, Experience, NEWS, Photography, Story|

表題のイメージフェスティバルに参加するために中国深圳に来ています。今回は5名の日本人写真家を紹介するプロジェクトに呼ばれているのですが、今日からスタートし、約1ヶ月続くこのフェスティバルの一部を紹介しようと思います。 深圳は香港のすぐ北側、本土に面して展開する巨大な都市です。深圳は30年ほどの間に恐ろしいスピードと規模で発展した都市とのことで、現時点で世界で最も裕福な都市との表現があるくらい、科学技術を始めとする中国の基幹産業をてこに、中国政府が膨大な資金を投入して作り上げた1200万の人々を抱える近代都市といえる場所です。空には摩天楼がそびえ、道路という道路はとてつもなく広く、公園や街路樹も美しく整備されていて、そこに欧米日本車などの高級車が溢れかえっているメトロポリスです。当然のように豊かな財政と新しい中国の都市生活のスタイルが発展し、アート産業も極めて高いレベルで発展しています。写真に関するものだけでも4つの写真祭を抱え、中国全土のアートマーケットの一翼を担っており、活発な中国の人々の購買欲や、新しいおしゃれな都市の暮らしを満たす消費財として、またコレクターの育成に成功した強大なギャラリーシステムを抱え、国際社会の中国経済への動向への不安とはかけ離れて、ここ深圳ではアートは未だ本格的で健在です。つまり、産官学が一体となってアートというある種の産業を都市構造に埋め込むことに成功している羨むべき構造があるのです。実際、このフェスティバルもその他の写真祭も、主には中央政府や地方政府の資金提供を受けながら発展しているアート祭で、40にも至らない若いキュレーターたちがよどみない語学力をもちいてわんさかプログラムを作っていて、驚くばかりです。僕たちもほぼ中国の国費(あるいは地方政府の資金)で招かれており、食事宿泊渡航費のほぼ全てが運営委員会もち。彼らはタクシーから何もかもネット上で予約し、こちらは一切のストレスを受けないでおまかせとなっています。緊縮予算とだらしない政策、似たり寄ったりのプロジェクトに終始し、どうやっても資金が集まらない我が国のアートプログラムとは異なり、都市とアート、アートと人々、人々と暮らしなどと言ったフレーズなど使わずとも、誰もが良質のアートに触れその恩恵に触れることができるように教育システムが存在し、アートシステムがあり、都市が作られていて、羨ましい限りです。 まだ都市が形成されていない頃の倉庫街をアート特区として整備している深圳OCT地区 もちろん、写真祭自体は新しく、ディレクターも若く、ホームページもなくあちらこちらにほころびもあるのですが、World Press PhotoやMagnum、National Geographic Beijingの若い編集者やアーティストたちがこれから1ヶ月の間、次々とこの地を訪れて写真の祭典を繰り広げるとなると期待せざるをえません。 そんな中国の写真シーンですが、やはりキーとなったのは大きくわけて日本とヨーロッパからの影響だといいます。1990年代には森山大道やアラーキーがこの国の写真家たちに強い影響を与え、その後の中国の写真家たちの道しるべになったといいます。高度成長からはじまった国威の発揚に伴って、より大きなマーケット、アートの中心地であるヨーロッパにでかけていって多くを学んだ写真家のグループもあるとのことです。現在の中国と日本は、政治地政学的にかつていないほどに物々しい状況を生み出してはいるけれど、本質的には東アジアの価値観を共有しているはずで、その点については出会った誰もが日本に対して一目置いているのは面白い発見でした。 日本でもおなじみのMu Ge氏の写真展準備作業。ここは中国最大手の美術出版社のギャラリー。複数階に渡っていくつものギャラリーが連なる。準備をしているのは、なんとアート専門の搬入展示会社のスタッフ。そういう職業があることに驚く。僕が知らなかっただけか   OCTの内部。街ひとブロック全体がギャラリー、カフェ、美術学校などで作られている   ハンガリー人メディアアーティストIstvan Horkay氏のオープニングレセプション。彼の作品はナチズムを取り上げた作品。古い写真をモチーフにして、ドローイングを加えた手数の多い作品。ビデオインスタレーションも素晴らしかった。なんと別作品ではあったけど、サイン入り作品をいただいた。この会場は学校のような施設で、若き中国人アーティストが初キュレーションに挑んだとか。彼はとても誇らしげでいい顔をしていた [...]

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萩原義弘さんの講義

By |2016-04-15T01:12:43+09:004月 15th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, RAIEC, Story, Workshop|

3331で開催された写真コミュニケーションワークショップでは、"SNOWY"で知られる萩原義弘さんに講義をしていただきました。これまで様々な写真家と知り合ってきましたが、写真のプロジェクトの話を伺ってこの人ほどプロジェクトの話ができる人はいないんじゃないかなと考えての依頼でした。それはヴィジュアルなアーティスティックな点と、社会的な視点、教育的な視点とをすべてを併せ持っていて、これからプロジェクトを作っていこうとする方達には大変参考になると思います。 写真はクラシック、モノクロのスクエア、ハッセルブラッドのノッチがわずかに見える正統派の写真です。ただ、そこにはプロジェクトのきっかけである1981年に発生した夕張炭鉱事件から始まり、炭鉱労働者の悲哀、町と人々との関わり、産業の衰退、産業そのものの構造的問題点など、様々な要素を含みながら発展していきます。新聞社の記者という視点も忘れることはできませんが、学生時代に写真を撮りに出かけたという夕張がいかに一人の写真家の人生を決定付けたか、というストーリーは、現代の写真のスタイルとは異なり、かなりストイックです。35年もの間、夕張を起点に発展的展開はあるにせよ一つの素材を追求していく姿勢はなかなかとれるものではありません。 写真を評価する側にいると、写真の掘り下げ方が足りない写真家が多いことに気づきます。良いプロジェクトというのは、主題をもつ音楽のように展開し、絡み合い、また主題に戻ってきます。そういうプロジェクトをレビューで見かけることはほとんどありません。これからの写真は、いわゆるビジュアルコミュニケーションという視点がかならず必要になってきます。それはその作品群を系統的に見せることによって、オーディエンスに社会への気づきをもたらし、オーディエンスが何らかのアクションを起こすということ意味するのですが、そのためにはテーマの掘り下げが必要なのです。 あまり知られていないことですが、萩原さんの写真は2013年には某仏最高級ファッションブランドの秋冬もののカタログに8ページにわたり掲載されるなど(その前号に掲載されたラルティーグなどと同列に!)、たゆまぬ努力の結果が着実に実を結んでいる写真家の一人と言えます。現在は日大の写真学科で講義をされており、参加者の写真の可能性について的確なアドバイスをしていただきました。 そんな裏話なども紹介されて、大変有意義な講義でした。  

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写真コミュニケーションワークショップで起こったこと

By |2016-04-10T01:04:24+09:004月 10th, 2016|2016, Experience, Mt.ROKKO, Organization, Portfolio Review, Story, Workshop|

それは言ってみればMagicなのだと思います。 Magic-① 魔法。奇術。手品。「トランプの―が得意だ」② 不思議な力のある意で,多く他の外来語と複合して用いられる。③ マジック-ナンバーの略。④ マジック-インキの略。 とりとめのない作品を、手品をつかって何段も何段も上げていくのがこのワークショップの仕組みです。それは魔法と呼んでもいいし、奇術と呼んでもいい。とにかく、それは一旦は研ぎ澄まされ、解体され、余計なものを剥ぎ取られて、作家にとってもっとも使いたい言葉を含みながら美しい言葉に言語化されていく作業なのです。それが複製可能なヴィジュアルプロジェクトに命を吹き込んでいく現代のロジックなのです。 日本人の書くステートメントは、かなり問題があります。回りくどいか、意味不明か、そもそも文章ですらない。なので作品はどこにも、誰に対しても、自分自身に対してですら意味をなさない。もちろん、そこが明確化された萩原さんのような大人なプロフェッショナルは確かにいるだろう。しかし、僕が見るところの多くのプロジェクトは、実のところまだプロジェクトですらない。それは習作にすぎず、ただそこに意味もなく横たわっているだけなのです。それは、アイデアがあっても、アイデアを表に引き出しプロジェクトの根幹をなすべき筋の通った言葉が足りていないからだと思います。 と書くとかなり後ろ向きな、炎上しそうな考えなのかもしれませんが、そこに僕たちはMagicを使うのです。正確な、誠実なプロット、弱々しいことを逆手に取るレトリック。シナリオと絵コンテで映画を完成させていくような、場面場面をつなぐ糊のような形容詞、副詞、動詞をつかう。たったそれだけで、Magicは確かに完成するのです。 ではMagicはどこにある?今日、多くの人はMagicを目撃したと思う。   今日はまた、写真のバックヤードの話を野元さんがやってくれた。誰がアートを仕切っているか、というPower 100の話。そしてモチーフ、テーマの上にあるべき根源的な制作欲求、本質。そして、Powerに近づくために必要なつながり。 ではつながりはどこにある?今日、参加者は繋がりを通じてしかPowerに近づけないことを知ったと思う。パワーというのはすなわちお金であるし、より高い場所にある目標です。閉じたアートワールドで活動することで満足する人たちも確かにいるだろう。しかし、それはアートか?といつも自分自身に問いかけている必要があります。僕は違うと思う。アートは常に食指をたえず上にうえに伸ばして勝ち取るべきものなのです。その行動をとったものがアーティストなのです。              

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展覧会「境界線を越えて」大阪ニコンサロンにて/後編

By |2016-02-16T18:15:42+09:002月 16th, 2016|2016, Experience, NEWS, Story|

前編/http://rokkophotofestival.com/blog/?p=12533 石井さんの作品について 杉山:石井さんの作品は、言うまでもなく日常的に町や町の人々に混じって鹿が闊歩する光景を収めた写真です。犬や猫であれば生活の中に馴染む見慣れた風景も、石井さんにとっては驚くべき光景だったということが撮影を始めたきっかけだったのです。普段であればあまり意識しない「鹿」という存在が、写真の中では生き生きととらえられていて、私たちにとっての鹿と町、人々との思わぬ関わりを知らせてくれる非常に見応えのある写真シリーズに仕上がってきたわけです。 そのことを知ったのは、2013年に初開催した六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加された時でした。それまでも、またそこからさらに努力を重ねて写真を撮影し続け、現在の展覧会につながってきたわけです。       写真は基本的にドキュメンタリー、ジャーナリズムの手法を取っていて、感情的な要素、あるいは恣意的なアートの要素を可能な限り排除していることがわかります。目の前で繰り広げられる鹿の様子を正直に、端的に見せることの方が、アートのような要素を加えるより、鹿と町、人々とのつながりの実態をうまく伝えられると考えたからにほからないないでしょう。また、ジャーナリズムの手法でもっとも大切なことは、情報の正確さ、幅を得るために、現場にもどって撮影を続けることです。石井さんは、雨の日も、風の日も、暑い日も寒い日も、時間があれば泊りがけで奈良公園やその周辺に取材し、本当に膨大な量の鹿の生態の記録を取り続けてきました。 その後、何度かお目にかかるうちに、その努力の結果が次第に明らかになってきました。作品は、奈良や宮島での生態だけではなく、シビエ食や、いわゆる鹿害といわれるものへと拡張されていったのです。こうやって、石井さんは自他共に、また名実ともに「鹿写真家」を名乗るようになりました。もはや日本で鹿を撮らせたら右に出るものはいないことは間違いがないことです。そしてその努力は色々な方面で認められつつあります。まず、一昨年2014年に六甲山国際写真祭のレビューワーとして招いたアンコール・フォト・フェスティバルのフランソーワーズ・キャリエ女史に認められ、その年の12月、カンボジアでスライドショー作家に選抜されました。また、しかしか写真集出版、ニコンサロンでの展覧会と、次第にその活動が認められてきています。   石井:まず、「鹿写真家」として認知していただくことが大事だと思いました。アートなのかドキュメンタリーなのか悩んだ時期もありましたが、ファインアートではないけれど、人に影響を与えることはアートじゃないか?と思いました。 今回、仲よくさせていただいている土産物店(よく鹿が遊びにくる物産店)の方に写真集をお見せしたのですが、もう見かけなくなってしまった鹿たちが写真集に入っていることをとても喜んでくれ、涙してくれました。記録するということも大事だなと思いました。 石井:今回の展覧会は、奈良、宮島で鹿が街の中を歩いているシリーズでしたが、今後、神の使いとして神社、仏閣に入り込んでいる鹿のシリーズや北海道、九州の鹿、また、人間の都合で害獣として駆除されている鹿についてもまとめたいと思っています。   この展覧会を通じて今後六甲山国際写真祭に参加を検討している人たちへ一言 石井:六甲では海外からとてもレベルの高いレビューワーや写真家が参加する、まさに国際的な写真祭です。また、20分間しか会話の機会がない一般的なポートフォリオレビューとは違い、3日間、寝食を共にして写真のことを熱く語り合うことで、切磋琢磨しあえる作家仲間もできます。まさに、これが写真のコミュニティなんだと思います。私自身にとってもとても大切な場所なので、このコミュニティを守り、さらに発展させていくために私たち作家たちも一緒に貢献していくのが大切だと思いますし、それもまた楽しくやりがいのあることだと思います。   インタビュー/ 尾崎 ゆり 記録写真/  松井 泰憲 投稿者/ オカモト ヨシ   [...]

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展覧会「境界線を越えて」大阪ニコンサロンにて/前編

By |2016-02-12T10:51:33+09:002月 12th, 2016|2016, Experience, NEWS, Story|

第1回、第3回と六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加された石井陽子さんの展覧会「境界線を越えて」が銀座ニコンサロンと大阪ニコンサロンで開催されました。   大阪ニコンサロンに踏み込むと、たくさんの鹿の情景。これだけの力作を展示するとなると大変なご苦労と時間と努力(コストも)があっただろうなぁととても感銘しました。 奈良と宮島の鹿の展示でしたが、奈良の写真は鹿たちが夜眠る森から春日大社への朝の出勤風景だという話や宮島の写真は海に鹿がいるという情景の面白さと、宮島の鹿は夜も活動しているので不良の鹿が撮れるという面白いお話がありました。また、鹿を撮る際の苦労話や杉山氏をはじめ、いろいろな出会い、今後の事など、石井陽子さんとディレクターの杉山氏とのトークショーをレポートいたします。   なぜ「鹿」? 石井: 2012年3月に仕事で奈良に出張しました。せっかくなので、朝早く写真を撮りにいったら、道路の真ん中に鹿のカップルがいて、人がいなくなった廃墟に鹿がいるというようなイメージが見えた気がして鹿を撮り始めました。 。その頃は震災の後で世の中が暗く、御苗場で出展したときも福島のはぐれ牛と重ねて見る方が多かったです。普通の街の風景と違う風景が見えるのがとても魅力的でした。   杉山さんとの出会いと今回のトークショーへの心境 杉山:「鹿写真家」として認知され、自費出版ではなく企画物としてリトルモアから写真集「しかしか」を出版し、今回ニコンサロンでの展覧展となったことを非常に喜んでいます。 石井さんと初めてお会いしたのは2012年9月23日に三鷹で開催された小さな写真イベントでレビューをした時にお目にかかったことがきっかけだったと記憶しています。 その頃、ギャラリーとしてアート写真を主に取り上げていた関係もあって、石井さんの作品に関してあまり興味を持てず、いい評価を伝えることができなかったのをよく憶えています。   石井: その時お見せしたのは、奈良の鹿とインドネシアのバリ島で撮った鹿の写真でしたが、まったく興味を持っていただけなくてがっかりしたことをよく覚えています。 2 度目にお会いしたのは2013年8月1日に渋谷で開催されたフォトラウンジの時です。杉山さんはその年の11月に開催することになっていた第1回の六甲山国際写真祭の紹介をプレゼンされて、私は奈良と宮島の鹿のシリーズをプレゼンしました。この時に、六甲のポートフォリオレビューの事前審査を受けてみたら?と杉山さんに勧められて、「あ、少し鹿プロジェクトを認めてくれたのかも」とすごく嬉しく思いました。審査に通って、2013年11月に第1回の六甲で写真合宿ともいうべき濃密な時間を過ごしてからは、杉山さんは私の中で最も大切な評価者の一人になっています。   杉山: 彼女の活動はFacebook等でずっと見ていました。会っていない間にも、ものすごい量の写真と撮ってきて、奈良へ撮影に来るたびに神戸のTANTO TEMPOにも来てくれました。「鹿」という概念が覆され、いいシリーズになるんじゃないか?と思い、六甲国際写真祭への参加を託しました。彼女が目指しているものが見えるようになりました。 [...]

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Photo Lucida Critical Mass 2015の審査を終えて

By |2015-11-12T00:35:03+09:0011月 12th, 2015|2015, Story|

Photo Lucida TOP50が発表されました。色々考えさせられる審査だったし、結果にはとても納得のいく顔ぶれが並んでいます。 200名から50名に絞り込むところで僕も審査に参加しましたが、有力だと考えて選んだ40名弱の高得点グループのうち実に23名がTOP50に選ばれていました。ということは、審査の傾向に僕の目は追随できていたということもあると思いますが、その傾向が世界的にはっきりしていて世界中の審査員の写真を選ぶ視点がちゃんと傾向としてあるということでもあります。 僕の審査基準を少し書いておくと、以下のような作品は落としています。 美しくないと感じられる作品 人類・社会共通のテーマが描かれていない スケール感がない さすがにTOP200に絞り込まれた段階でこういう作品は少なく、僕がはじいたのは7名のみでした。 次に、審査上重要な作品だと感じられる基準を書いておくと、 美しい作品 パーソナルなものは強く、作品を作る上で合理的な新しい装置を有していて、家族や地域社会の絆、逆に社会からの孤立といった普遍的で客観的に評価できるポイントが含まれている 風景写真として何らかの社会問題に迫れていて、普遍性がある 壮大なスケールがあり、知らない世界を見せてくれ、新たな発見をもたらしてくれる などを考えながら選びました。 パーソナルな、あるいは身近な素材を使って撮影した作品は相変わらず多く、全体の60%は何らかの形でパーソナルなものでした。新しい装置、ということを説明するのは容易ではありませんが、要するに自分の所属する小さな単位であってもその社会単位において自分が何を感じ、何をつながり、あるいは疏外と感じているのかが明確に描かれており、多少強引であってもその描き方が新しいものは高得点になる、という感じだと思います。具体的には、例えば家族と過ごした場所の現在と過去の家族写真とを合成していたり、生活の苦しみの救いのなさが登場人物の表情ににじみ出るように描かれている作品だが、それが光源やロケーションであくまで淡々と美しく描かれているというような作品です。ただ、あまりにも内向きな作品となると、うんすごい、というリアクションにつながらず、評価を落としてしまう可能性もあると感じられました。 風景写真は、ただ風景があるような写真は皆無。社会的要素、例えば汚染など環境問題、人権などにインスパイアされたと一目でわかるような作品、しかもやはり汚染されていても美しく描かれているということは重要なポイントなんだと思います。 僕はあまり興味を抱きませんでしたが、抽象的な作品もいくつか入賞していました。一目見て意味がわからない作品は結局テキストを読む他に理解する方法がなく、例えばイメージを二つ並べて関連づけるような作品は、ほとんどの場合テキストに依存してしまうので僕なんかは苦手なのですが、TOP50には4名の作品が選ばれていました。 ちなみに、TOP50のうち12名はすでにReview Santa FeやMt.ROKKO INTERNATIONAL PHOTO [...]

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