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Photo Lucida Critical Mass 2015の審査を終えて

By |2015-11-12T00:35:03+09:0011月 12th, 2015|2015, Story|

Photo Lucida TOP50が発表されました。色々考えさせられる審査だったし、結果にはとても納得のいく顔ぶれが並んでいます。 200名から50名に絞り込むところで僕も審査に参加しましたが、有力だと考えて選んだ40名弱の高得点グループのうち実に23名がTOP50に選ばれていました。ということは、審査の傾向に僕の目は追随できていたということもあると思いますが、その傾向が世界的にはっきりしていて世界中の審査員の写真を選ぶ視点がちゃんと傾向としてあるということでもあります。 僕の審査基準を少し書いておくと、以下のような作品は落としています。 美しくないと感じられる作品 人類・社会共通のテーマが描かれていない スケール感がない さすがにTOP200に絞り込まれた段階でこういう作品は少なく、僕がはじいたのは7名のみでした。 次に、審査上重要な作品だと感じられる基準を書いておくと、 美しい作品 パーソナルなものは強く、作品を作る上で合理的な新しい装置を有していて、家族や地域社会の絆、逆に社会からの孤立といった普遍的で客観的に評価できるポイントが含まれている 風景写真として何らかの社会問題に迫れていて、普遍性がある 壮大なスケールがあり、知らない世界を見せてくれ、新たな発見をもたらしてくれる などを考えながら選びました。 パーソナルな、あるいは身近な素材を使って撮影した作品は相変わらず多く、全体の60%は何らかの形でパーソナルなものでした。新しい装置、ということを説明するのは容易ではありませんが、要するに自分の所属する小さな単位であってもその社会単位において自分が何を感じ、何をつながり、あるいは疏外と感じているのかが明確に描かれており、多少強引であってもその描き方が新しいものは高得点になる、という感じだと思います。具体的には、例えば家族と過ごした場所の現在と過去の家族写真とを合成していたり、生活の苦しみの救いのなさが登場人物の表情ににじみ出るように描かれている作品だが、それが光源やロケーションであくまで淡々と美しく描かれているというような作品です。ただ、あまりにも内向きな作品となると、うんすごい、というリアクションにつながらず、評価を落としてしまう可能性もあると感じられました。 風景写真は、ただ風景があるような写真は皆無。社会的要素、例えば汚染など環境問題、人権などにインスパイアされたと一目でわかるような作品、しかもやはり汚染されていても美しく描かれているということは重要なポイントなんだと思います。 僕はあまり興味を抱きませんでしたが、抽象的な作品もいくつか入賞していました。一目見て意味がわからない作品は結局テキストを読む他に理解する方法がなく、例えばイメージを二つ並べて関連づけるような作品は、ほとんどの場合テキストに依存してしまうので僕なんかは苦手なのですが、TOP50には4名の作品が選ばれていました。 ちなみに、TOP50のうち12名はすでにReview Santa FeやMt.ROKKO INTERNATIONAL PHOTO [...]

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International Urban Photo Image @ Shenzhen Futian に参加して/星野尚彦

By |2015-11-10T23:34:49+09:0011月 10th, 2015|2015, Experience, NEWS, Story|

六甲山国際写真祭2015のポートフォリオレビューに参加した星野尚彦です。 深圳(Shenzhen)、香港の直ぐ北にある大陸。 まだ街ができて30年という若い街だが東京と同じくらいの人々が暮らしている。そして想像以上に美しい街並みの大都会。 その深圳市福田区(Futian)主催の写真祭が2015.10.16~26で開催された。     六甲山国際写真祭で写真をレビューしていただいたWang Xiさんからお誘いを受けて、同じく六甲山国際写真祭のレビューイであった阿部萌子さんと共に参加してきました。 中国での写真祭はwebにもほとんど情報あがっておらず、雰囲気さえ良く分からぬままでの参加です。 その上、展示する写真をサーバー上で送信、現地でプリント、そしてぶっつけ本番での展示であり、仕上がりのクオリティに不安を抱えたまま機上の人となりました。   このフォトフェスティバルはまだ歴史も浅く、かなりの突貫作業での開催と伺っていたのですが、会場も幾つかに分かれていてずいぶん大規模に展開している印象でした。 対日抗戦70年ということもあり、これにまつわる展示もあって日本人として避けて通れないものがありました。とは言え、Wang Xiさんはじめフォトフェスティバルディレクター、深圳市福田区長、参加されている中国人写真家の方々、皆さんとてもフレンドリーで楽しい時間を共有できたことは嬉しい収穫です。       私たちの展示はArtron Galleryと言うかなり大きな会場でした。 この会場は作家別の展示がされており、メインは中国ドキュメンタリーフォトの第一人者と言われているHou Dengke(1950-2003) 「麦客」。中国の農民を中心に、市井の人々を撮影された見応えのあるスナップショット。 そしてHenri [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『真剣に写真に取り組む写真家たちのための、密度が濃いアットホームな写真祭』後編 /林典子

By |2015-10-16T23:15:10+09:0010月 16th, 2015|2015, Experience, Mt.ROKKO, NEWS, Story|

林典子さん『真剣に写真に取り組む写真家たちのための、密度が濃いアットホームな写真祭』後編 です   前編はこちらから http://rokkophotofestival.com/blog/?p=12399   私はこれまで行ったことのある国外の写真祭はフランスのペルピニャンとカンボジアのアンコール・フォト・フェスティバルの2つだけです。 が少ないので比べるのは難しいのですが、六甲山国際写真祭はただ様子を見に来たというよりも、写真家の写真祭に参加する目的意志がはっきりしていて、写真家それぞれが自身の作品を高めるためのアイデアやヒントを探そうとされている方が多いような印象を持ちました。 小規模ではありますが、だからこそ写真家と写真家、写真家とレビュワーが密接に接することの出来る、質の高い写真祭になっているのだと思いますし、今後もこのような方向でずっと続いていってほしいなと思いました。 私は普段東京をベースに活動をしていますが、写真家同士のグループに所属したり他の写真家の方たちから写真について意見をもらったりという機会が滅多にありません。そのため六甲山での特にポートフォリオレビューの様子を眺めながら、こんなにたくさんの私と同じ日本人の写真家の方たちが写真活動をされているということと、その中で素晴らしい作品をたくさん目にして、とても刺激を受けました。 心残りなのは、今回どうしてもタイミング悪く海外での取材と重なってしまい、最後の1日半を残して神戸を出発しなければならなかったことが本当に悔しく、残念でした。 今取り組んでいるテーマの写真もある程度まとまってきたらいつかレビューという形で見ていただきたいなと思います。 また8月28日の夜に行われたナイトセッションで7名ほどの参加写真家の方たちや写真家のSILKE GONDOLFさんとテーブルを囲んでジャーナリズムについて自由に積極的に意見を出し合ったり質問をしたりといった時間がありました。 最後は時間が足りないくらいで、個人的にはもっともっと意見を言い合えたらなと思いました。 全体を通して写真に本当に真剣に取り組んでいる写真家たちによって作り上げられてきている密度の濃い写真祭でありながら、とてもアットホームな雰囲気なのが私にとっては居心地が良かったです。 日本だけで活動をしていると、言語のハンデもあるのかもしれませんが、海外の写真コミュニティーからは孤立したような印象を受けます。それはそれでいいという意見もあるかもしれませんが、私はもっとグローバルな視点が日本に根付き、国内外で作品を発表する機会が日本人写真家の中で増えて行くことを願っています。そのために六甲山国際写真祭が存在していると思いますし、ここで築かれたコミュニティーを大切にしていきたいとレポートを書きながら改めて思いました。   New bride Dinara, 22, takes a [...]

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六甲山国際写真祭2015アフターリポート『真剣に写真に取り組む写真家たちのための、密度が濃いアットホームな写真祭』前編 /林典子

By |2015-10-12T08:47:02+09:0010月 12th, 2015|2015, Experience, Mt.ROKKO, NEWS, Story, 未分類|

六甲山国際写真祭にゲスト写真家として参加させていただきました、林典子です。この写真祭は、海外からの著名なレビュワーによるポートフォリオレビューや国内外の写真作家たちとじっくりと写真について意見交換をすることが出来る、とても貴重な機会であるにも関わらず、私自身が今回参加するまでこの写真祭について全く無知であったことが本当に勿体なかったです。 今回、六甲山国際写真祭で写真展のお誘いをいただいた時に、「この写真祭はアートやメディアとしての写真を社会に繋ぎ、さらに世界と日本の社会を繋ぎ、写真家が取り組んでいるプロジェクトを通して人々が世界の現状に目を向けてディスカッションを始めるきっかけしてもらいたい、、、」こういった目的があると伺いしました。それなりに平和な国で暮らす私たちの日々とは遠い地域で起きている問題をあえて直視する必要がないという日本の風潮や社会問題を扱った作品が敬遠されがちな日本の写真界の中で、パーソナルな作品やよりアート性の高い写真作品と同じように、よりジャーナリスティックな視点で社会問題を切り取った私の作品も丁寧に取り上げていただいたことを本当に感謝しています。 今回の写真祭で2012年から14年まで取材をした「Ala Kachuuキルギスの誘拐結婚」の展示をしていただきました。写真祭のオープニングに合わせて行われたトークイベントで、この問題についての私の思い、取材中のエピソードなどをお話しました。 中央アジアのキルギスでは、合意なく女性を奪い去り結婚をするAla Kachuu (アラ・カチュー 直訳では『奪って去る』)が横行し、地元の人権団体によると毎年1万人ほどの女性が被害にあっていると言われています。(Ala Kachuuについての詳細は、こちらを読んでいただけたらと思います→ (http://rokkophotofestival.com/blog/?page_id=11937)。   トークイベントでは、私が取材中にこの問題にどう向き合うべきか悩みながら撮影をしていたということについて主にお話をしました。その一つがAla Kachuuを「人権問題」としての問題提起を目的に伝えるか、それとも「文化紹介」として伝えるかということです。取材当初は、Ala Kachuuは女性に対する人権侵害という意識で取材を開始したのですが、取材を進めていくにつれ、かつてAla Kachuuで結婚をした結果幸せに暮らしている夫婦に多く出会ったこと、女性を誘拐したことのある男性たちと話をしても、ほぼ全員が実に常識があり、温かい人間的な方たちだったということもあり、取材を初めて2ヶ月後あたりから この問題を「人権問題」として伝えるべきなのか、それとも否定も肯定もせずに「キルギスの文化」として伝えるべきなのか悩むようになっていきました。 結果的に私は「人権侵害」としてこの問題を伝えることにしましたが、発表後は多くの方たちから、 日本人としての価値観を元に他国の「文化」を否定するのはおかしいという意見がありました。しかし、私が取材を通して「人権侵害」と結論付けたのは、女性の合意ないAla Kachuuはキルギスでも違法であること、決して伝統ではないこと、 婚約者がいるにもかかわらず誘拐され自殺に追い込まれた女性たちの遺族の苦しみを知ったこと、そして誘拐され今は幸せに暮らしている女性たちの多くが自分の娘にはAla Kachuuを経験しないで欲しいと話していたことなどが理由です。ただ写真展や写真集として発表させていただく際には、見ていただく方々に私の考えを押し付けるような編集(写真の選択や並べ方)の仕方ではなく、「文化」とも「人権侵害」と考えられている、このAla Kachuuの複雑さを複雑なままに伝える編集をするようにしています。そうすることで、私の写真をきっかけに、この問題についてのディスカッションを促せたらという想いがあります。 そして、もう一つ伝えたかったことは合意のないAla Kachuuは人権侵害であるということについての私の立場は変わらないのですが、誘拐された後に結婚した女性たちのことをセンセーショナルに伝えたくなかった、そして私の感情的にならず冷静な視点でこの問題を伝えたかったということです。日本語で「誘拐結婚」と訳されるとどうしてもセンセーショナルに聞こえてしまい、どちらかというとニュース的な誘拐される場面の写真ばかりが注目されてきたことを残念に思っていました。誘拐された瞬間に女性たちの人生が終わるわけではないからです。取材を通して、誘拐されたばかりのある一人の女性の結婚式に立ち会う機会がありました。その後に彼女が試行錯誤しながらもどうやって新しい村の家庭に入っていったのか、その1年半後には彼女が母親になる瞬間にも立ち会いました。彼女をずっと取材して感じたのは、突然見知らぬ土地に嫁ぐことになった若い女性が、今は近所付き合いも家事もそつなくこなし、この村でずっと生きていくことを受け止め、思い描いていた未来を奪われても、必ずここで幸せになってみせるというというような覚悟さえ感じたことです。私が切り取ったのは彼女の人生のほんの一部にすぎません。彼女が母親になった時に、これからの彼女の人生も見続けていきたいと改めて思いました [...]

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「レビュー後に得たもの」/ 斎藤涼介

By |2015-07-27T09:48:02+09:007月 27th, 2015|2015, Story|

2014年 六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューに参加させて頂いた斎藤涼介と申します。 写真はコミュニケーションツールであり、展示をしないと作品は成り立たないという事実に遅ま きながら気づいた事と、今回の作品が社会性のあるテーマを取り扱ったものの為フォトフェスな どパブリックスペースで展示をする事が一番効果的だと考え、その機会を得る為にレビューに参加 致しました。 結果としては残念ながら具体的な話しにはなっていませんが、作品力があればその後の発展性 を持てる、レビューアーに多様性がある日本では数少ないレビューだと感じています。 作品は1枚全体で横25m以上あり、レビューには一部分をロール紙にプリントして5m x 70cm サイズで2枚10m分を持って行きました。この作品を作るに至った経緯をblogに書いて欲しいと いうご要望を頂いたので簡単ですが紹介させて頂きます。 今回の作品のテーマは、実は自分たちが思っているほど自分たちは自由ではないのではないかと いう疑問です。 子供の頃から集団行動が苦手で、ラジオ体操とか坊主で野球とか勘弁してくれと言いながらそ のまま順調にひねくれて育ち、その後19歳から25歳までバックパッキングでいろいろと旅行をし ていました。写真もその間に始めています。なんとか簡単な英語は話せても日本語で考えている以 上当たり前に典型的日本人のマインドセットですので、芯も軸の無く立ち位置があやふやなまま常 に外部に憧れ、同時に日本的な全体主義に反発し、くらーい眼差でもんもんとニーチェとかフロ イトとか読みながら藤原新也の真似事してた訳です。なんて残念な青春時代なのでしょう(笑 お陰様で本で読み知り旅行中に垣間見た憧れとしてのヨーロッパ的な近代的自我のあり方と、 ヒマラヤ辺りにいると考えざるを得ない東洋仏教的な無我というあり方との狭間で行ったり来た [...]

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レビューを受ける5

By |2013-06-29T10:46:17+09:006月 29th, 2013|Portfolio Review, Story|

6月にReview Santa Feに参加して、その写真のレベルの高さに衝撃を受けたことはFacebookあたりでも書いた。僕は一昨年に一度取材でReview Santa Feを訪れており、そこから多くの写真家を日本で紹介したこと、ART in HOSPITALなどの社会アートプログラムを実施してそれが複数の写真家を通じてReview Santa Feの実行組織に紹介されたことなどが評価されて、今年のReview Santa Feではレビュワーとして招かれた。2日間で27名の写真家のポートフォリオレビューを実施するという非常にタフなレビューだったが、帰国して参加写真家のイメージを振り返るとそのレベルの高さに改めて驚かされる。ざっと見積もっても延べ18名の写真家に異なる3つのテーマでのグループ展、3つの個展が開催できそうで、となると1年中Review Santa Feから誘った写真家のプログラムが開催できる計算になり、それぞれがとても面白いプログラムになるだろう。既に構成を考えている一つのグループ展が、女性の写真家を取り上げたグループ展だ。アメリカやカナダ、ロシアから合計14名の女性の写真をレビューしたが、そのうちのなんと6名がパーソナルな素材、身近な社会のストーリーを提示していた。面白いのは、これらの写真家が写真イメージの強さとセレクションで勝負をしており、しかも家族をめぐるストレスを丁寧に描いたり、アートの装置を取り入れてしっかりと美的に描こうとしていることだ。日本で見かけるパーソナルな写真をみると、写真があちらこちらを向いていたり、どうしてその写真が含まれているのか意味の分からない、説明が必要なイメージが混ざることが多いが、Review Santa Feで見たものはタイトルやテーマと相まって、ストーリーの描き手と受け手の間にイメージを置いて、十分コミュニケーションがとれるものになっていた。そう、ポートフォリオレビューの最大の武器といえるものは、このコミュニケーションなのだ。 今日はこのコミュニケーションについて書いてみよう。 写真がメディア、またはビジュアルランゲージであるということに異論を挟むものはいないだろう。写真は、そのイメージにある種のメッセージを載せることができるからこそ、広告や宣伝、アートなどに広く使われている。写真は、イメージとして単純に理解されるものと考えられがちだが、多くの場合それは言語化され、視覚から言葉に変換されて理解されることがある。例えば、富士山を撮影した夕刻の写真があるとすると、そのイメージを見た瞬間に「富士山」「夕方」という言葉が生成されるので、僕たちはそのことから写真の認識をすすめることができるのである。ドキュメンタリーの写真の場合、例えばバングラデシュの水上生活を送る人々を撮影したシリーズがあるとすると、多くの人はそれが水上生活を送っている人々だと言語化して理解するだろう。ところが、イメージが弱いとそれがどこの国のどういう状況なのかなど、やはり言葉で補ってやる必要がでてくる。なぜなら、言語化と言っても、それがバングラデシュの水上生活であると理解するには、報道なり何らかの方法で知識としてその状況を知っている必要があるからだ。ところが、仮にそれがどこの国かは知らなくても、そういう暮らしをしている光景そのものが強く美しければ、理屈を越えてひとの心に届くものだ。ひとの心にとどきあるいは人の心をこじ開け、世界には大変な暮らしがあるものだ、と納得させるあるいはひとの心に染み渡る力があるとすれば、それこそがアートだし、その作用をもたらすものがコミュニケーションだと僕は考えている。 先のポストにも書いた音楽の陶酔。これもまさに音楽を通じて演奏家と聴衆がコミュニケーションをとることによって立ち上がる。とすると、写真のコミュニケーションとは何なのだろう。僕は、やはりこの部分は写真家の、社会におけるどういった立場から誰に対して何を訴えたいのか、どうしてそのテーマを選んだのか、そのストーリーをなぜ今語ろうとするのか、社会に届けるためにどれほど周到にイメージを作成しているのか、そいういうものが紡がれた結果としてコミュニケーションが立ち上がってくるのだと思っている。そしてそれはわかりやすい方がよく、美的である方がよく、タイムリーである方がいい。 これも私見になるが、一例を挙げよう。セバスティアン・サルガドのアフリカの貧困、紛争、飢餓を扱う彼の写真は、2009年に都立写真美術館でも紹介されておおきな反響があったと思う。イメージは美しく、アフリカの大地を覆う苦悩を表出しながら、どこまでも強く美しいものだった。しかし、中には、凄惨なイメージとして死を想起させるものもあり、美的なものと死との対照に嫌悪を訴える人たちがいたのも確かだ。貧困や死に対して美的に撮影するそれらの作品や制作姿勢に対して批判的な意見があったのだ。それがドキュメンタリーなのかアートなのかというお決まりの二元論におとしいれて批評する人が現れたり、それらの作品が売買されたりコレクションされたりすることを露骨に批判する人もいた。しかし、もしサルガドのイメージが僕が撮る写真のように凡庸なら、いったい誰にアフリカのメッセージが届いただろう。弱いイメージは誰にも見向きもされず、貧困や紛争や飢餓にさえ世界の視点は届かなかっただろう。多くの海外メディアがアフリカ報道のドキュメンタリー番組を資金を駆使して制作する一方で、サルガドのようなアートの装置をもった写真家が美しい大地を人々とともに歩き、生活をともにして写真を撮る。どちらかが優れている、どちらかが劣っている、そんな二元論に意味はないだろう。 サルガドの写真は、観衆の心に侵入する糸口をもっている。それは日頃そういった話題に無関心な観衆であったにしても、その作品を前にするとその前を立ち去れなくする魔力のようなものだ。さらに、彼の作品はその作品のモチーフについて深く考えるように仕向ける。そして、作品の前を立ち去ったあとに、それを見る前と後とではまるで違った世界の見え方を観衆に提示する。それによって、観衆は自分が得た新しい知識を動員してその後の行動を規定することができるようになる。 つまり、以下のようなことを成り立たせるのが、写真を通じたコミュニケーションなのだ。 initiation - [...]

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レビューを受ける4

By |2013-06-28T23:27:17+09:006月 28th, 2013|Portfolio Review, Story|

ポートフォリオレビューの実際について、これまで3回のポストを書いた。それぞれがある種総論的で、少し主観的な要素もあったと思うが、写真の評価という点でギャラリーやレビュワーがどういう点で写真を見ているのか、という部分はある程度参考になるのではないだろうか。もちろん、ギャラリーやレビュワー、枠組みやコンペなどすべてが同じようにはいかない。前にも書いたけれど、写真の評価の総和はあまりぶれない。つまり、いい写真だと評価される写真家は、ほとんどのレビュワーがだいたいにおいていい評価をしている。かといって個々のレビュワーがぶれない訳ではない。しかし、もっとも大事なことは、決してレビューそのものを作品制作の目的にしないことだろう。レビューはあくまでもレビュー。大切なのはレビュワーに認めてもらうことではなく、その背後にあるマーケットや社会に出て行くことであり、それはつまり制作した写真が社会につながるよう考え続けている必要がある、ということだ。 ここで少し音楽の話を書いてみたい。かなり前になるが、大阪のフェスティバルホールで大好きなボサノヴァの大御所ジョアン・ジルベルトのコンサートを聴いた。非常に高齢で来日できるのかも心配だったが、結果としてとても素晴らしいコンサートだった。僕の大好きなイパネマの娘から始まって美しい旋律のコルコバド、そしてデサフィナードなど、有名なナンバーをギター一本で弾き歌うのだ。僕はボサノヴァのリズムとジョアンのささやくような声に酔いしれた。 こういうコンサートのときにとても感心することがある。音楽の場合、プロのアーティストたちはどうして一度もミスタッチをしないで演奏を終えることができるのか、とても不思議なのだ。僕自身もボサノヴァギターを弾き、歌も原語で歌うが、とてもとてもミスタッチなしでは弾き通せない。ここにアマチュアとプロフェッショナルの大きな違いがある訳だ。ジョアンはその道60年以上とも言えるプロフェッショナル。観衆から高額なチケット代をとる訳だから、ある意味においてミスタッチなどは許されない。そう考えると、プロフェッショナルというものがいかに素養をもち鍛錬を積んで高いレベルの仕事をしているのかがよくわかる。そしてそういったプロフェッショナルになれる確率、興行収入やレコードの売り上げで生計を立てることのできる音楽家の割合は、おそらく音楽人口の0.01%に満たないだろう。 写真の場合はどうだろう。写真の場合、特別なのは、ギターを演奏する、という行為に相当する撮影の部分でカメラの存在があることだ。この「ミスタッチ」という技術的な問題について、カメラという技術がミスタッチをかなりな部分カバーし、もはや誰もが適正でピントのあった写真を撮ることができるようになったという点が、自動演奏のできないギターの演奏とはことなっている。その昔、まだ露出計とカメラが分離されていたような頃、写真家の多くは経験的なさじ加減で露出を決めていただろう。カメラも高額で、誰もが手に入れることができる今とは違って、写真家になるというのには相当高いハードルがあったに違いない。現在の写真は、技術で補われた道具を使って、ほぼ自分の思い通りのイメージを手に入れることができる時代なのだ。そう理解すると、写真をめぐる制作環境がいかに恵まれているかがわかる。だからこそ、撮影技術や出力の美しさといった基本的な技術の部分の緻密なコントロールはもはや当たり前、その撮影の背景にあるストーリーやテーマが特別に重視されるようになってきているのだ。逆に技術なんて放り出して、ストーリー勝負でiPhoneなどで作品を制作することだってできる。そのストーリーがタイムリーであれば、NY Timesなどの記事に採用されることだってある。とすると、写真におけるミスタッチとは何だろう。僕がレビューで感じるのは、誰かに似せたストーリー、観衆を意識しない一人よがりな作品。タイミングのほころび、脆弱なモチーフ、妥協した構成など。不勉強、美しくない、素養の足りなさというのもある。どこかで賞を取った、というのもなにかミスタッチなことがある。 現在の写真人口をどのように計測しうるのかはわからない。しかし、写真を楽しんで何らかの形で写真を発表したり写真をかなり高いレベルで指向する人たち、プロと言われている写真家の総和の中で、本当に写真のみを生業としている人たちがどれほどいるのか、大変興味深い。本来、この数字は音楽のそれとそれほど違いがないはずだ。写真の世界も、実は相当に厳しい競争世界であるはずで、しかもその裾野は大きくなる一方だ。「ミスタッチ」を許容すると世界が逃げていく。ミスタッチを切り離す努力をして初めて、世界の入り口に立てるような気がする。まあ、ここまで書くと辛口すぎるけれどね。でも、国内外で活躍しているトップクラスの人たちの作品をみてみると、まずその辺りは安心してみていられるはずだ。これが写真の評価の総和であるし、ミスタッチのなさなのだと思う。  

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レビューを受ける3

By |2013-06-25T16:38:07+09:006月 25th, 2013|Portfolio Review, Story|

PHOTO TAIPEI 2012 写真を制作する上で皆さんはどんな戦略をもっているのだろう。 こういうテーマで話しだすと少し脇道にそれるような感じもあるのだけれど、少なくともただ楽しんで写真を撮っている大多数の写真愛好家と、写真のレベルを少しでも上げていきたいと願っている表現者指向の人々と、写真で生計を立てるくらいに写真にかけている人と、写真に関わっている人たちは本当にたくさんいらっしゃるというのが国内の状況かと思う。なので、それぞれのセクションの人たちでも、特に写真のクラスをあげたいと思っている人たち、プロフェッショナル写真家として写真にかけていく気持ちの強い人たちにとってレビューを受けるということは本来的にどういう意味があるのかを考えてみたい。むしろそういうポピュレーションにとって、写真で生きていこうとするならある種のレビューは必須といえる。ギャラリーへの持ち込みしかり、写真集出版社への持ち込みもしかり。しかし、特に、この国には世界でも珍しいカメラメーカーがひしめき合い写真産業というものがものすごい勢いでカメラを生産し続けて、キャンペーンをはり、恐ろしいほどの研究開発費を使って新機種を開発し、ユーザーをつかまえようと躍起になっている。ユーザーはと言えば、やはり新機種にはめっぽう弱く、僕も含めてだけれど、新製品がでるとそこに群がっていくという構造もある訳だ。日本人は本当にカメラが好きなんだと思う。日本の写真の構造が海外と比べて特殊な部分は、このカメラメーカーやプリンタメーカー、用紙メーカーなど写真関連産業のユーザーに対する影響力だろう。カメラ雑誌やこれらの産業が実施する写真賞、コンクール、それぞれのメーカーギャラリーが果たす影響力が非常に大きいため、相対的にこの国にはポートフォリオレビューという仕組みが根付いていないのではないか。アートの美しい写真を撮るということと、カメラにこだわるということとは全く意味が異なる。いいカメラがあってもいいアート写真は撮れない。カメラ産業が仕掛ける販売競争にいつまでも巻き込まれても仕方がないと思うのは僕だけだろうか。そう思いつつ、僕自身、新しい機種が出るのをいつも楽しみに待っている訳だけれどね。僕は写真家ではないが、メカ好きなので写真機の虜になることもある。 話を戻そう。レビューというのは、ある意味で写真表現者にとっては壁であると同時にチャンスであるとも言える。レビューというものはある種の試験のようなもので、通過するか通過しないかで、写真の世界の広がり方が大きく変わっていく。そして、写真産業が自社の経営にフィードバックを得るために手がけるコンクールやコンテストなどと違って、写真家の社会に向いたポジティブなコミュニケーションを促すという点で、より純粋であるのが特徴だ。 さて、ストーリーやテーマ、「アートの装置」という点を前回までのポストで取り上げたが、今回は写真のもつインパクトについて書いてみよう。もちろん前回にも書いたが、このインパクトとは、それぞれ評価の強さを表すもので、ストーリーやアートの装置といった言葉にかかっていることを留意していただきたい。ストーリーのインパクトが強い、弱い、といった表現がなされるわけだ。端的に示すと、写真を見たときに鳥肌が立つような、わあ、なんと美しい写真なのだろう、という衝撃を受けることがある。その衝撃の度合いをインパクトと評することができると思う。 学術論文でも、インパクトポイントという言葉がある。論文の掲載される科学雑誌のレベルによって論文が社会に与える影響をポイントに換算して集積する仕組みがある。例えばScienceやNatureという雑誌は、掲載されること自体も非常に難しいが、自然科学の分野で先導的な役割を果たす論文が掲載されるため、一度掲載されると後々まで引用される可能性が高く、よって社会への影響が大きいと見なされている。このように、写真表現にも基本的にはインパクトという要素があり、「衝撃的な」や「世界で初めての」などの表現でその程度の大きさがわかるような表現がなされる。 たとえば、2009年にイランで実施された大統領選挙で反政権の改革派のデモに参加していた女子学生が何者かに射殺された。その射殺体の写真は、インターネットを駆け巡って欧米を中心に大きく取り上げられた。そのことがきっかけて、政権のアフマディーネジャード大統領、改革派のムーサヴィー氏の双方がそのイメージを利用してキャンペーンを張ったり、西側諸国がイランの内政に非常に強い懸念を表明したりと、イラン国政の権力をめぐる強いストーリーが世界中を席巻し、後に多くのジャーナリストの写真制作に影響した。 イラングリーン革命 こういう一枚で世界を変えてしまうような影響力のある写真が最もインパクトが高く、それらが集まることで影響力を持つメディアが登場している。例えば、NY Times Lens Blogなどは世界各地で起こっている紛争や自然災害、事件などのニュース映像を、プロの報道記者のみならず地元のiPhoneなどのスマートフォンを使ったBlog記者の記事に頼って配信するなど、強いメディアがインパクトのある強いイメージを収集する仕組みを構築しはじめている。 アートの作品のインパクトはどうだろう。ジャーナリスティックな写真のインパクトと同様、アートの作品にもインパクトは存在する。たとえば、ナン・ゴールディンのセックスホリック、暴力、ドラッグを身近なところで描いた"The Ballad of Sexual Dependency"などは社会に非常に大きなインパクトを与えた写真集だ。これがアートかどうか、という切り口での議論はさんざんなされているだろうが、少なくとも自己の心象と表現、そして社会との接続という観点からすればこの作品群は明確にアートだと言える。そしてその衝撃はその後の写真にとても大きな影響を与えている。 インパクトという物差しは、可変領域だ。ダイアン・アーバスの時代とグルスキーの時代とでは、その時代の根底にある政治や思想が異なる。よって写真という芸術でさえそれらの影響を受けてしまう。作品を制作するときに、その影響力を予想することは非常に大切だ。写真家を目指すのであれば、インパクトがないものを平坦に作っても誰も見てはくれない。もしテーマが明確にあるのであれば、そのテーマが社会の誰にとって最も影響力があるかを考えておく必要がある。そして、作品を発表するときに、その作品がどの程度のインパクトをもちうるかを知っている必要がある。歴史には数多くのサンプルとなる写真の集合体があって、それぞれの先人たちのプロジェクトがある種ピラミッドを構成し階層を作っていると考えてみるといい。最も影響力のある、最も価値があるとされる作品は、おそらくほとんど誰も異論を挟むことなく頂上に君臨している訳だ。そのピラミッドのどこか、中腹より上、尖ったエッジの部分を目指すんだ、というようなインパクトを予測してその上を目指したい。自分がアートの系譜のどのスロットを目指すのか自己計算できないと国際レビューをわたって社会から認められていくことは難しいと言えるだろう。 誰も見たことがないテーマの作品、美しく尖っていて切れ味のある写真。安定していてぶれのない写真。社会の暗部や輝きを表出する写真など、社会に何らかの影響、インパクトを与える写真を作ることを意識していた方が、何も意識せず歴史のピラミッドを見ることもなくただ闇雲に制作するよりはずっといいものを作れるはずだ。自分の作品のインパクトを自分自身で理解すること。これもレビューを受ける一つの勇気につながるはずだ。 [...]

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海外フォトフェスの力量2

By |2013-06-22T19:56:40+09:006月 22nd, 2013|Organization, Story|

Singapore2012 アジアでも新しい写真祭が次々と立ち上がっている。シンガポール国際写真祭もその中の一つだ。こちらはビエンナーレで開催される写真祭で、現在までに3回開催されるに至っている。構想から運営まで、本当に若いスタッフが実施しているのが驚きだった。 実は、主催者の女性とは2010年のパリでお目にかかった。彼女はその年の11月にパリで開催されたPhoto OffというPARIS PHOTOからすればセカンドラインのギャラリーやプロジェクトが軒を連ねる写真イベントの出展者だったのだが、シンガポールの国際写真祭のことをしきりに話していたので、強く記憶に残っていた。その後FBなどで連絡を取り合い、Gallery TANTO TEMPOの関わりの写真家がシンガポール国際写真祭に出展することを機に、シンガポールにレビュワーとして招待してくれたのだ。 昨年9月にこの写真祭のレビュワーとして参加するために2泊3日という強行日程で訪れてきた。僕が手がけているART in HOSPITALという社会芸術プログラムのアジアの状況を研究する目的も兼ねての訪問だったから、実際にレビューに参加できたのは1日だけだった。ART in HOSPITALの取材は、現地の最大級の病院Singapore General Hospitalという病院に訪問し、アートマネージメントを専門にするスタッフに病院内を案内してもらうというものだったのだが、病院の中から外の庭に至るまで、あらゆる美的要素が日本に比べて優れているシンガポールに強い印象を持った。 レビュー会場に着いてみると、9名の写真家がぎっしりとリストに並んでいて、非常に面白い写真家が参加していた。ほとんどの写真家はポートレイトを主に制作しており、写真における世界の状況を良く学習していた。シンガポールから3名、イギリスから1名、マレーシア2名、スペイン1名と、国籍も程よくばらけているのが好印象だった。全員が英語が堪能。コミュニケーションはすべての方が高い能力を有していた。質問には丁寧に返し、そういう見方があることがわかってよかった、などと受容的な対応がとれる方ばかりだった。写真のレベルも高く、何よりストーリーがあった。2013年に神戸の新しいギャラリーtheory of cloudsで開催した写真グループ展には、彼らのうちの5名を誘って非常に面白いポートレイトのプログラムを開催することができた。参加した写真家の一人、Sean Leeさんは、モノクロのポートレイトを見せてくれた。イメージは強く、父親と母親をモデルにしているものだった。ある日、父と母が以前ほど仲良くしていないと感じたSeanさんは、父親と母親が何らかの肉体的接触をすることを求めながら撮影するシリーズを思いつき、撮影していったという。二人は最初は照れながらもSeanのカメラの前にたっていたが、撮り進めるうちに自然な表情、くつろいだ表情で作業を楽しむようになったという。写真にも夫婦の打ち解けた「接触」を見せるものが出現し、非常に清々しく美しいポートレイトだった。「撮影」という行為が人間関係に良い影響を与える一つのサンプルとしてみれば、これも表現として評価に値する、というのが僕自身の評価だった。シンガポールは、アートもドキュメンタリーもバランスよく写真家、レビュワーを集めていた。 わずか第3回ではあったが、シンガポール国際写真祭は会場に国立アートミュージアムなどを駆使して、国家のバックアップも整えつつある。日本にも写真賞や写真祭で地方自治体と連携するイベントはあるが、国家予算に訴えていくものはまだ聞かない。それは、やはり国立写真大学や国立写真美術館というような国と社会、社会と写真とを結びつける適正な三角形がないからだし、写真に関わるいろいろな人たちが枠組みや利害をこえて連携しないからだ。アルルやサンタフェ、他の世界的な枠組みが国家のレベルで認証されていることには僕たちも自覚的である必要がある。まさに、社会における写真の認知、マーケットのあり方のすべてにわたる問題点として、やはり日本の国内の写真界はまだ十分な責任を果たしているとはいえないのだ。そして、この「写真界」ということも再定義が必要だろう。写真とはだれのものか。そして写真は社会のどこに向き社会に実りをもたらすのか。写真のプロフェッショナルを問いなおす必要がある。     [...]

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海外フォトフェスの力量

By |2013-06-22T00:28:25+09:006月 22nd, 2013|Organization, RAIEC, Story|

Angkor Photo Festival 2012 海外のフォトフェスに多くの日本人写真家が挑戦している。 最近になって多くなってきた、という向きもあるだろうが、実際に数えている訳ではないので正確な数字はわからない。また、彼らが海外でどのような評価を受けているか、という点もすべてが聞こえてくる訳ではない。その点を断った上で書いてみる。 昨年アンコールフォトフェスに参加した際、少なくともメインのスライドショーイベントに3名の日本人写真家の名前があった。実際にそのうちの2名とは言葉を交わしたから、彼らがどういう思いで参加しているかはおおよそ聞いている。実際に、帰国してからtheory of cloudsギャラリーでその中の一人である木村肇さんをグループ展に誘った。彼の作品は主に北陸、東北、北海道にある熊を狩猟する生活をおくる「またぎ」という人々を追ったシリーズだ。東京のReminders Strongholdで展覧会もやったし、「谺」(窓社)という非常に美しい写真集を出版したところだからご存知の方も多いだろう。その彼の作品がアンコールフォトフェスのスライドショーイベントで上映されたとき、僕はにわかに鳥肌がたった。その理由は、日本の一地方の文化ともいえるものに注目して一連の作品を作った木村さんの制作姿勢への思い、そしてそういう非常にローカルな小さな文化であれ人々に密着した暮らしをとらえた作品に評価を与えた写真祭の力量ともいえるものに対する思いだった思う。その作品が素晴らしいものであるならば、それがたとえ小さな物語であってもそこに光を届けるのが彼らの使命だ、と、彼ら自身が自覚的なのだ。 写真祭は、それぞれに特徴があるのがいい。アンコールフォトフェスは、基本的にドキュメンタリー色が強く、地域密着型の表現が高いポイントを得る。 その理由は、考えてみれば当たり前かもしれない。つまり、世界の中でもかなり不幸な歴史を辿ったカンボジアという国で、フランス人のグループが写真祭を立ち上げたのは8年前。ポルポトが投降して政治的に安定期に向かう前夜の彼らにとって、アートなんてものはさほど必要ではなかっただろうことは容易に想像がつく。彼らにとっての暮らしは、国力を内戦で消耗した結果、つまり世界でも珍しい教育者や指導者のほとんどを虐殺で失ったという国家像の中で、世界との距離をカンボジア国民に見せる必要があったのだろうと思う。おまけに、見渡せば世界は紛争だらけ。カンボジアが急速に近代化の道を歩き始める向こう側では、アメリカとイスラム教徒の戦争が勃発していた、そのさなかにいた訳だ。 僕はどういう訳か、アンコールフォトフェスの歴代参加写真家のポートフォリオをほとんどすべて預かっている。それらは、僕たちがアンコールの地に誘われて日本人写真家のグループ展を構成した見返りに、彼らのもっている大量の優れた写真を日本で紹介せよ、という命でもある。写真家のリストを眺め、彼らのウェブサイトを廻っていくと、そこには世界が見える。それは美しくちっぽけで、か弱く、また力強い人々の肖像でもある。アンコールフォトフェスとは切っても切れない強い絆ができた。アンコールフォトフェスのFrançoise Callier女史はRAIECのコミッティーのメンバーになってもらった。 写真祭の力量。そういうものを世界に発信して、共感を得て、共有できる写真祭にしていこうと思う。

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